日本内分泌学会

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教育・研究

研究奨励賞受賞者によるこれまでの研究の紹介と将来への展望

最終更新日:2024年9月10日

2024年度(令和6年度)日本内分泌学会研究奨励賞は 4名の先生方が受賞されました。
これまでのキャリアや若手の先生方へのメッセージをご寄稿下さいましたのでご紹介いたします。
皆様のロールモデルとしてぜひご参考になさってください!
 

伊藤パディジャ 綾香
(名古屋大学環境医学研究所 分子代謝医学分野/名古屋大学高等研究院 心身相関病態研究ユニット)
栄養代謝異常によるサイトカイン恒常性破綻と慢性炎症性疾患の発症・進展における分子機構解明
 
稲葉 有香
(金沢大学新学術創成研究機構 栄養・代謝研究ユニット)
肝糖脂質代謝の制御と脂肪肝における破綻の解明 
 
加納 麻弓子
(聖マリアンナ医科大学医学部 代謝・内分泌内科学/筑波大学医学医療系 幹細胞治療研究室/東京医科歯科大学高等研究院 幹細胞治療研究室)
発生工学を用いた多能性幹細胞からの副甲状腺再生
坂東 弘教
(神戸大学医学部附属病院 糖尿病・内分泌内科)
『腫瘍随伴症候群関連下垂体炎』の概念提唱から展開する下垂体疾患の病態解明

伊藤パディジャ 綾香(名古屋大学環境医学研究所 分子代謝医学分野/名古屋大学 高等研究院 心身相関病態研究ユニット)

受賞タイトル:
栄養代謝異常によるサイトカイン恒常性破綻と慢性炎症性疾患の発症・進展における分子機構解明

  この度は日本内分泌学会研究奨励賞という名誉ある賞を賜りまして、大変嬉しく、光栄に存じます。これまでご指導下さいました小川佳宏教授、菅波孝祥教授をはじめ、日本内分泌学会の先生方、また日々共に研究活動に取り組んできた研究室の仲間に、心より御礼申し上げます。

 子どもの頃から「食」に関する仕事に携わりたいと考えており、奈良女子大学では、食物科学を専攻し、栄養学や食品科学を学びましたが、自分が研究をして何かを明らかにすることは想像もしていませんでした。卒業研究として肝虚血再灌流障害時の抗酸化ビタミンの意義の解明に取り組んだことが転機となり、基礎研究に魅力を感じるようになりました。京都大学大学院農学研究科では、食品タンパク質由来ペプチドの機能性について研究するなかで、個々の栄養素や食品の機能を理解するために、体や病気の成り立ちを理解する必要があると感じ、修士取得後は、当時、東京医科歯科大学でラボを立ち上げられたばかりの小川佳宏教授のもとで、肥満の脂肪組織炎症について研究させて頂くことになりました。肥満が基盤となり、様々な疾患が発症する分子機構が明らかになりつつあった時期に、肥満研究に携われたことは幸いだったと感じています。また、研究室には臨床医だけでなく、基礎研究者も多かったこと、学生だけでなく、企業研究者もいたこと、共同研究や学会・研究会への参加の機会に恵まれたことなど、研究者としても社会人としても多くを学ばせて頂ける貴重な時間でした。

 肥満の脂肪組織でも、動脈硬化巣でも、脂質の蓄積が病態の悪化をもたらすことは明らかでしたが、なぜ脂質の蓄積が炎症を引き起こすのかは明らかではなく、留学先のPeter Tontonoz教授の研究室では、脂質が炎症を制御するメカニズムの解明に取り組みました。核内LXRによる抗炎症作用は、脂質代謝とは独立したものであると考えられていましたが、私たちは、LXRの抗炎症作用が脂質代謝を介した二次的な作用であることを見出しました。既に報告されている論文や当たり前のように知られている事象が、すべて正しいというわけではないことに気付けたこと、そして、矛盾点を指摘するために実験するなかで、多角的に証明することの重要性を学べたことは、研究者として重要な経験だったと感じています。また留学して良かった点として、世界各国から文化的、教育的背景の異なる、多様な研究者が集まる環境で研究できたことです。若手研究者の皆様には、機会があれば、短期間であっても海外で研究することをお勧めします。

 留学生活を終えて帰国した後、諸事情によりアカデミア研究から離れた時期があります。この時、東京医科歯科大学時代から現在に至るまでの指導者である菅波孝祥教授には、大変温かくご支援頂きました。研究できなくなってしまわないようにと、たくさんの機会を与えて下さった菅波教授と、中途半端な状態であった私を温かく迎え入れてくれた研究室のメンバーには感謝しかありません。現在は、菅波教授の研究室にて、慢性炎症性疾患における栄養代謝の意義について研究を進めています。これまでに免疫細胞内の脂質の量的・質的変化が自己免疫応答を制御するメカニズムを明らかにしてきましたが、脂質以外にもアミノ酸や微量な栄養代謝物が免疫細胞機能をどう制御するかというテーマにも取り組んでいます。学生を指導する機会にも恵まれ、研究だけしていれば良かった頃と比べると、考えるべき内容が大きく変わってきました。学生指導は子育てと共通する点もあり、指導、教育しているつもりでありながら、こちらが学ぶことの方が多いのではと感じる日々です。一緒に考えて共に成長しましょう、という姿勢で研究を楽しんでいけたらと考えています。

 これまで、いろいろ悩みながら、壁にぶつかりながら研究を続けてきましたが、その時々で周りの先生や、研究仲間が励まして下さいました。印象深いのは、キャリアパスで悩んでいた時に、「あれもしたい、これもしたいと思うなら、全てすれば良い。何も諦める必要はないのよ。」「一日24時間しかないのだから心から楽しいと思うことをしなくちゃ。」と声をかけて下さった先生の言葉です。諦めて途中で辞めてしまわず、細々とでも継続することが重要で、将来像を見据えて日々努力すれば、夢を実現できるだろうと前向きになれました。また、これまで何度か奨励賞の受賞の機会に恵まれたことも、研究を継続してこられた理由のひとつで、励まし続けて下さる学会と関係者の皆様に深く感謝申し上げます。私がこれまで周囲の人から励まして頂いたように、今後、少しでも私から若手研究者の皆様を励ますようなことができればと思っております。

 私自身は、栄養・食品機能学、内分泌代謝学、免疫学などのバックグラウンドを活かして、慢性炎症性疾患を栄養代謝異常の観点から理解できるよう、また、経験的に理解している医食同源を科学し、「食」による病気の予防につなげられるような研究を、将来的に行っていけたらと考えております。精進して参りますので、今後ともご指導、ご鞭撻のほど、何卒よろしくお願い申し上げます。


略歴

2002年 奈良女子大学 生活環境学部 食物科学専攻 卒業
2004年 京都大学大学院 農学研究科 修士課程修了
2008年 東京医科歯科大学大学院 医歯学総合研究科 博士課程修了
2008年 東京医科歯科大学 難治疾患研究所 特任助教 
2009年 University of California, Los Angeles, Department of Pathology and Lab Medicine/Howard Huge Medical Institute, Postdoctoral Fellow
2011年 American Heart Association  Postdoctoral Fellow 
2014年 University of California, Los Angeles, Department of Pathology and Lab Medicine/Howard Huge Medical Institute, Project Scientist
2016年 名古屋大学 環境医学研究所 分子代謝医学分野 客員研究員
2017年 同 特任助教
2018年 同 助教
2020年 名古屋大学 高等研究院 助教(兼務)
2021年 名古屋大学 環境医学研究所 分子代謝医学分野/高等研究院  心身相関病態研究ユニット 講師

主な受賞歴

2018年 第21回 日本臨床分子医学会 学術奨励賞
2014年 第15回 日本内分泌学会 若手研究奨励賞
2007年 第28回 日本肥満学会 若手研究奨励賞


稲葉 有香(金沢大学新学術創成研究機構 栄養・代謝研究ユニット)

受賞タイトル:
肝糖脂質代謝の制御と脂肪肝における破綻の解明

 この度は、歴史ある日本内分泌学会の研究奨励賞受賞という栄誉を賜り、誠に光栄に存じます。評価頂いた選考委員の先生方ならびに関係諸先生方に厚く御礼申し上げます。また、金沢大学の井上啓教授をはじめ、研究をともに行ってきた研究室の皆様方、さらに、研究をご指導いただきました多くの先生方に心より感謝申し上げます。

 若手研究者の皆さんに向けたメッセージを、という依頼を学会より頂きましたので、私の研究の歩みと今後について、少しだけ紹介させていただきます。今のままで大丈夫かな、と少しでも不安に思っている先生方が、このまま頑張っていけば何とかなるんだ、と思っていただけましたら幸甚です。
 
 私は、子供のころから何にでも興味をもったり、何かを一度始めると何時間でも飽きずに黙々とこなしたりしていました。研究を始めた今でも、この基本的な行動はあまり変わっていないかもしれません。そんな私が、大学4年の頃に有機合成化学研究室に所属してから、大学院以降、創薬科学・分子生物学・代謝生理学・栄養学などの幅広い研究手法を学び、現在では、肝糖脂質代謝の制御と脂肪肝における破綻の解明を行っています。やり始めたら何にでも興味が沸き、その時にできうることを精一杯行っていく過程で、少しずつ研究分野の異なる研究室に移っていきました。ただ、どの分野でも共通して、これまで誰もなしえたことのないことを自分の手で作る、または明らかにすることができた時は、とても楽しく、次はどんなことをしようか、何がわかるだろうかと、時間があっという間に過ぎていきました。しかし、研究は常に順調に進むわけではありませんでした。何度も試行錯誤しても仮説通りの結果がなかなか出ない、良い結果を得てもその再現性が取れない、ということが多々ありました。それでもひたすらチャレンジし続けることで、ある時非常によい結果が得られることがあります。それにより、これまでネガティブデータでしかなかったものがすべて意味のあるものに変わり、これまでの苦労が一瞬にして報われます。私の場合、TNFαにより誘導される細胞死が、ストレス誘導性転写因子ATF3存在下でのみ、細胞が破裂するように死んでいく様をライブセルイメージングで、捉えた時でした。それまで、肝臓ではネクロプトーシスは起こらないという説が優位であり、数か月も膨張するような肝細胞死をとらえることができなかったので、本当に起こっていると言ってしまっていいのだろうか、という不安がありました。そんな中、ネクロプトーシス検出プローブ安定発現細胞株で、ATF3が、細胞が収縮して死んでいくアポトーシスと、細胞が膨潤するネクロプトーシスの切り替えを起こしている(Nat Commun 2023)のを見た瞬間、夜中の2時くらいであったにもかかわらず、思わず歓声を上げました。紆余曲折を経て、これをとらえることができたのは、他の実験データが示している結果を信じて、ひたすらチャレンジし続けた結果ではないかと思います。

 研究を通して学んだ最も大きなことは、何度も諦めずに継続して取り組み続ければ、結果は必ずついてくるということです。分からない時には悩み続けながらも考えられることをひたすらにやり続けることで、ふとした瞬間に閃きが訪れることがあります。他の研究者との会話中や、家族との会話中、歩いている時、寝ている時、食べている時など、いつどこで新しい発見があるか分かりません。一方で、詰めすぎると心身ともに疲弊し、失敗率が高くなることも経験しました。特に疲れている時には、深みにはまり、全体が見えなくなることが多かったです。行き詰っている時や迷走している時でも何とか走り続けてこられたのは、常に井上教授がもっと全体を見るように、もっと本質を見極めるように、もっとチャレンジするように、など、根気よく叱咤激励をし続けてくれたことによると、感謝しております。今後は、私自身が若手研究者を牽引していけるような研究者になれるよう努めていきたいと思います。

 最後になりましたが、本学会の中堅・若手の会(YEC)において、4年間世話人を務めさせていただき、これまで経験することができなかった貴重な経験をさせていただきました。まだまだ未熟ではありますが、今後も、この度の受賞を励みに、より一層研究に邁進し、内分泌学の発展に貢献したいと考えております。今後とも変わらぬご指導とご鞭撻を賜りますよう、何卒よろしくお願いいたします。


略歴

2009年3月 東京医科歯科大学大学院 疾患生命科学研究部 博士(後期)課程修了 / 2009年4月 昭和薬科大学 ハイテクリサーチセンター 特任博士研究員 / 2010年5月 ピッツバーグ大学 薬理遺伝学センター 博士研究員 / 2012年5月 金沢大学 脳・肝インターフェースメディシン研究センター 博士研究員 / 2013年8月 同 特任助教 / 2015年11月 同 新学術創成研究機構 テニュア・トラック助教 / 2020年11月 同 准教授

受賞歴

日本内分泌学会研究奨励賞受賞、万有医学奨励賞受賞、日本糖尿病・肥満動物学会若手研究奨励賞受賞、日本内分泌学会若手研究奨励賞受賞、分子糖尿病学シンポジウム若手研究奨励賞受賞、日本肥満学会若手研究奨励賞受賞
 



加納 麻弓子(聖マリアンナ医科大学医学部 代謝・内分泌内科学/筑波大学医学医療系 幹細胞治療研究室/東京医科歯科大学高等研究院 幹細胞治療研究室)

受賞タイトル:
発生工学を用いた多能性幹細胞からの副甲状腺再生

 この度は、「発生工学を用いた多能性幹細胞からの副甲状腺再生」に関し、大変栄誉ある日本内分泌学会研究奨励賞に選出いただきまして、誠にありがとうございました。

 私が基礎研究を始めたのは医学部卒業後6年目です。名古屋大学大学院須賀英隆先生の研究室に配属となり、基礎研究を開始しました。早朝覚醒&夜行性の須賀先生が率いる研究室では実験やミーティングが深夜になることもしばしばです。当時は文句と愚痴しか言っていなかったように思いますが、それでもどこかで実験が楽しいと感じ、深夜や休日も実験をしていました。大学院時代のテーマは多能性幹細胞から視床下部幹細胞であるタニサイトを分化誘導することです。主な実験は名古屋大学大学院に在籍していた3年間で行い、大学院満期退学後に論文にまとめ、博士号を取得しました(Kano et al., Endocrinology, 2019)。

 大学院が終わる頃、この先も基礎研究を継続したいと考えていました。ポスドクとしての行き先を探している中で知ったのが東京大学医科学研究所(医科研)、中内啓光先生の研究室です。中内先生らの研究室では分化誘導法とは異なるアプローチである胚盤胞補完法を用いた動物体内でのヒト臓器作製を目指しています。遺伝子編集によって特定の臓器を欠損させた動物胚に同種あるいは異種の多能性幹細胞を注入し、動物体内で多能性幹細胞由来の臓器を作るというものです。細胞培養の実験が主だった私にとって、細胞や動物胚の遺伝子編集技術、発生工学を学べることは魅力的に感じました。遺伝子ノックアウトやノックイン、ベクター構築など基本的だけれども難しい実験手法を自分一人でできるようになりたいと思っていたからです。そこで中内先生に直接メールで打診しました。その時点では博士論文も通っておらず、書類で示せる実績はゼロです。返事はないだろうなと思いながらメールを送りましたが、まさかの一度見学にきたらと言っていただき、研究生として受け入れていただきました。

 名古屋から東京へ引っ越しして医科研での研究が始まりました。医科研での研究生活は楽しいこと半分、辛いことも多々ありました。留学された先生方は誰でも経験されていると思いますが、バリバリの基礎研究者の中で研究歴の浅い臨床医が溶け込むのは大変です。もっと率直に言うと、最初の頃は完全に放置されていました。誰に聞けば良いかもわからない。話しかけて良いのかもわからない。若い先生方!最初はどこに行ってもそんなものですのでめげないでください。医科研は港区白金台という大変な好立地にあるのですが、実験はうまくいかず、ポストもないアルバイト生活では楽しい気分になれるわけもなく、セレブが犬の散歩をしているプラチナ通りを泣きながら帰ったことは数知れず。一人で静かに泣いていればさほど迷惑はかからなかったのでしょうけれど、答えのない泣き言を長々と聞かされ、そんなこと自分で考えなさいよと思いつつも励まさざるを得なかった先生方(被害者の例:大磯ユタカ先生、近藤國和先生、須賀先生)に心から感謝しています。辛い辛いと思いながらも徐々に東京での研究生活に慣れ、医科研の先生たちからは本当にたくさんのことを学びました。それまで経験したことがない様々な実験手技もさることながら、実験計画の立て方、問題解決のアプローチなど基礎の基礎から教えてもらいました。こんなことも知らないのかとよく呆れられていましたが、愛想をつかされることはなく、最後まで実験と論文執筆に協力していただいたことに感謝しかありません。

 指定文字数の半分以上を自己満足の苦労話で消費してしまったため、ここからは研究内容を御紹介致します。副甲状腺は副甲状腺ホルモン(PTH)を分泌し、血中カルシウム(Ca)濃度を狭い範囲に厳格に維持しています。頸部手術などによって永続性副甲状腺機能低下症に陥った場合には生涯にわたる薬物治療が必要となります。あと少しで日本国内でも副甲状腺ホルモンの補充が可能になると思いますが、Ca製剤と活性型ビタミンD製剤の内服が現在の標準治療です。このような現行療法は時に高Ca尿症による尿路結石や腎機能低下、高リン血症などの弊害を来たすことが知れられています。ヒト多能性幹細胞からPTHを分泌できる機能的な副甲状腺を作製し、移植することができれば、新しい治療手段となり得ると考えました。In vitro分化誘導法による多能性幹細胞からの副甲状腺の分化方法は既に国内外で複数報告されています。将来的にはより良い方法が出てくると思いますが、現時点では出来上がった副甲状腺様細胞の機能性が十分に証明できているものはありません。内分泌器官として成熟した副甲状腺とは、①PTHを分泌すること、②周囲のCa濃度に応答してその分泌を調節できることだと思います。そこで私たちはin vitro分化誘導法とは異なるアプローチである胚盤胞補完法を用いて多能性幹細胞から副甲状腺を作ることに取り組みました。用いた動物種はマウスです。まず、受精卵ゲノム編集によって副甲状腺のないマウス胚を作りました。次に、副甲状腺欠損マウス胚にマウス多能性幹細胞を注入しキメラマウスを作製しました。最後にキメラマウス体内で作製されたマウス多能性幹細胞由来の副甲状腺の機能評価および移植実験を行いました。マウス多能性幹細胞由来の副甲状腺は周囲のCa濃度に応じてPTH分泌を調節できる機能的な内分泌器官でした。移植実験の結果から、マウス多能性幹細胞由来の副甲状腺は副甲状腺機能低下症モデルマウスの病態を改善し、将来の再生医療・移植医療への可能性を示しました(Kano et al., PNAS, 2023)。

 これまで私の研究を支えて下さった多くの先生方に改めて感謝申し上げます。本受賞を励みにして今後も研究を続け、内分泌学会に少しでも貢献できるよう努力したいと思います。


略歴

2010年3月 名古屋大学医学部医学科 卒業
2010年4月 JA安城更生病院 初期研修
2012年4月 同 内分泌・糖尿病内科
2014年4月 JCHO中京病院 内分泌・糖尿病内科
2015年4月 名古屋大学大学院医学系研究科 入学
2019年3月 同 単位取得・満期退学
2019年4月 東京大学医科学研究所 幹細胞治療部門 研究生/研究員
2022年3月 聖マリアンナ医科大学 代謝・内分泌内科 助教
2022年4月 東京医科歯科大学高等研究院 幹細胞治療研究室 連携研究員(兼任)
2023年7月 筑波大学医学医療系 幹細胞治療研究室 客員研究員(兼任)
 



坂東 弘教(神戸大学医学部附属病院 糖尿病・内分泌内科)

受賞タイトル:
『腫瘍随伴症候群関連下垂体炎』の概念提唱から展開する下垂体疾患の病態解明

 この度は、歴史ある日本内分泌学会研究奨励賞に選出いただきまして誠にありがとうございます。錚々たるこれまでの受賞者の先生方のお名前を拝見し、改めて身が引き締まるおもいであります。この受賞を励みとして内分泌学の発展、本邦から海外へ向けた発信に繋がる研究を進めていきたいと考えています。また、これまでご指導いただき、今回の受賞へと導いてくださいました学会の諸先生方、研究室の先生方、とりわけ、実験の手ほどきをしていただいた山本雅昭先生、指導教官の井口元三先生、髙橋裕先生(現 奈良県立医科大学)、小川渉教授に改めて御礼申し上げます。

 内分泌代謝領域に興味を持ったのは学生時代の病棟実習でした。AIMAH(今でいう、PBMAH)の患者さんに部活の先輩であった専攻医の先生と様々な内分泌検査を行い、実習レポートを書くために教科書をにらめっこしながら検査結果を判断し、そして与えられた総説を何とか読んでみたところからでした。生体のメカニズムを踏まえて内分泌検査が構成されていることを垣間見ることができ、低学年の基礎医学で学んだ内容が臨床に繋がっていることを実感したことを覚えております。そして、研修医になり、救急外来に搬送されて来られた副腎不全患者さんにステロイド補充がなされると、速やかに症状が改善していく様を拝見しました。診療における内分泌代謝領域のダイナミックさも併せて経験し、この領域を専攻することになりました。

 さて、このたび研究奨励賞は我々の研究室が取り組んできた『腫瘍随伴自己免疫性下垂体炎』という疾患概念の提唱に対して選出いただきました。この研究は2011年に山本雅昭先生が報告した『抗PIT-1抗体症候群(後に下垂体炎)』から始まります(J Clin Invest. 2011 Jan;121(1):113-9.)。これは下垂体特異的な転写因子の一つである、PIT-1に対して自己免疫が起こり、結果としてPIT-1が制御するGH, PRL, TSHが後天的に低下するという概念です。この病態解析を行うところから私の大学院生としての研究生活が始まりました。その中で患者さんの自己抗体の意義、末梢血リンパ球による下垂体障害機序などについて報告することができました(J Clin Endocrinol Metab. 2014 Sep;99(9):E1744-9.)。今回の『腫瘍随伴自己免疫性下垂体炎』についてはその研究過程において、ある種スピンオフのような形で明らかになってきた概念です。それは、この『抗PIT-1下垂体炎』の病態解明を行う中で、本疾患の患者さんが胸腺腫もしくは何らかの悪性腫瘍を併存しているということが明らかとなり、そして、これらの腫瘍組織内に本来下垂体特異的であるはずのPIT-1が異所性発現をしているということを見出しましたことにあります(Sci Rep. 2017 Feb 20;7:43060., J Endocr Soc. 2020 Dec 31;5(3):bvaa194.)。すなわち、『抗PIT-1下垂体炎』が何らかの腫瘍に併発する自己免疫機序による下垂体炎であることを報告いたしました。

 抗PIT-1下垂体炎の解析を行う中で、別の症例にも遭遇しました。後天性のACTH単独欠損症(IAD)に肺腫瘍が合併した症例です(Pituitary. 2018 Oct;21(5):480-489.)。ちょうど抗PIT-1下垂体炎の解析を行っている時でしたので、肺腫瘍がACTH単独欠損症発症に関連があるのではないかと思いつき、腫瘍組織を評価すると、ACTHの異所性発現があることが明らかになりました。また、抗PIT-1下垂体炎の解析同様、リンパ球の下垂体への反応性などについても明らかにすることができました。すなわち、一部のACTH単独欠損症例の病態には背景となる悪性腫瘍がある可能性、『腫瘍随伴ACTH単独欠損症』が存在する示唆する結果であると考えます。この結果は、近年増加している免疫チェックポイント阻害薬関連下垂体炎の病態を理解する上で重要な知見になっているのではないかと考えております。

 『抗PIT-1下垂体炎』や『腫瘍随伴ACTH単独欠損症』を包括する概念として、『腫瘍随伴自己免疫性下垂体炎』という概念を提唱しえたことが、今回の受賞につながりました(Best Pract Res Clin Endocrinol Metab. 2022 May;36(3):101601.)。その後も下垂体機能低下症に関する検討を続けておりますが、後輩が更なる研究を進めて知見を重ねてくれております(Cancer Immunol Immunother. 2021 Dec;70(12):3669-3677., J Neuroendocrinol. 2024 Apr 17:e13395., Eur J Endocrinol. 2024 Jan 3;190(1):K1-K7.など)。また、後天性のみならず、先天性の下垂体機能低下症についても学ぶべく、米国ミシガン大学のSally Camper研究室で研鑽を積み、数編の論文に携わる機会も頂戴いたしました。留学中にはPubmedの世界の方々が決して遠い存在だけではないことも知り得たのではないかと考えます。

 私が若い先生方にお伝えできることはまだまだ多くはありませんが、少なくとも研究を行ってきた中で、医師としての診療上の気づきが増すのではないかと感じるようになってきました。『腫瘍随伴ACTH単独欠損症』も『抗PIT-1下垂体炎』を研究しつつ、臨床にも携わっていたからこそ思いついた訳でありますし、データに違和感のある症例について、生体のメカニズムを踏まえて考えることで、診療できるようになってきたのではないかと考えております。本学会の学会員は医師の背景を持つ方が多いとは思いますが、現在J-OSLERなど専門医関連のタスクが増えて研究にまで意識が回らないかもしれません。また、様々な業務に忙殺され、研究にまで目を向けることが難しくなっていることも有るのではないかと思います。ただ、一見回り道に見えるかもしれませんが、何らかの形での研究経験は診療面の向上や、世界への繋がりに直結すると信じております。

 本学会の若手の先生方が診療のみならず、研究にも興味を持っていただければ嬉しく思います。本学会が多くの機会と出会いに繋がることを祈念いたします。


略歴

2007年 大阪医科大学 医学部医学科 卒業・神戸大学医学部附属病院 初期研修医
2012年 神戸大学大学院医学研究科 入学、2016年 同 修了
2018年 日本学術振興会 海外特別研究員 (Research Fellow, Department of Human Genetics, University of Michigan, Prof. Sally Camper lab)
2020年 神戸大学大学院医学研究科 先進代謝疾患治療開発学 特命助教
2022年 神戸大学医学部附属病院 臨床研究推進センター 特命助教
2023年 神戸大学医学部附属病院 糖尿病・内分泌内科 特定助教

主な受賞歴

2013年 日本内分泌学会 第22回臨床内分泌代謝Update 優秀ポスター賞
2015年 14th International Pituitary Congress Travel Grant
2017年 日本内分泌学会 若手研究奨励賞 (YIA)
2019年 米国内分泌学会(ENDO2019) Outstanding Abstract Award
2020年 The University of Michigan Postdoctoral Association, Conference Award
2021年 米国内分泌学会(ENDO2021), Outstanding Abstract Award
2023年 United Japanese researchers Around the world (UJA)論文賞 特別賞

 

2018年度受賞者

2019年度受賞者

2023年度受賞者
 

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