2019年度(令和元年度)日本内分泌学会研究奨励賞は 5名の先生方が受賞されました。
これまでのキャリアや若手の先生方へのメッセージをご寄稿下さいましたのでご紹介いたします。
皆様のロールモデルとしてぜひご参考になさってください!
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稲葉 秀文(和歌山県立医科大学 内科学第一講座) 自己免疫に関連する甲状腺疾患の総合的研究 |
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佐藤 貴弘(久留米大学 分子生命科学研究所) 低栄養環境下におけるエネルギー保持機構の解明 |
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白川 純(横浜市立大学 内分泌・糖尿病内科)
グルコースシグナルを介した膵β細胞機能調節機構の解明 |
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田中 都(名古屋大学 環境医学研究所 分子代謝医学分野)
細胞間クロストーク・臓器間ネットワークに着目した肥満・糖尿病の病態解明 |
古屋 文彦(山梨大学 総合研究部 医学域 内科学講座第 3 教室) |
稲葉 秀文(和歌山県立医科大学 内科学第一講座)
受賞タイトル:自己免疫に関連する甲状腺疾患の総合的研究
この度は、第92回日本内分泌学会学術集会において研究奨励賞に御選出いただき、誠にありがとうございました。大変光栄に存じております。受賞にあたり、多くの内分泌学会員の皆様に御指導・御協力をいただき、心より御礼申し上げます。
また、和歌山県立医科大学内科学第一講座 赤水尚史教授、松岡孝昭教授をはじめ、医局の先生方、共同研究を行っていただいた先生方に深く感謝いたします。
今回受賞いたしましたテーマは、「自己免疫に関連する甲状腺疾患の総合的研究」です。その内容は、自己免疫に関連する甲状腺疾患(バセドウ病・橋本病・免疫チェックポイント阻害剤:ICIによる甲状腺障害・IgG4関連甲状腺疾患)における病態・発症機序に関する総合的な研究です。
私は1999年に信州大学医学部を卒業後、信州大学医学部付属病院老年科(内分泌代謝内科)に入局して、橋爪潔志教授、駒津光久教授、鈴木悟先生(現福島県立医科大学教授)、武田貞二先生の御指導のもと、甲状腺に関する研究を開始しました。バセドウ病・橋本病の他に、甲状腺ホルモン輸送蛋白や甲状腺癌の研究等を行ったことが、後に役に立ちました。(Eur J Endocrinol 2003, JCEM 2003, Cancer Gene Ther 2003)。
最初は大腸菌におけるプラスミドの形質導入や蛋白精製から始まり、アデノウイルスの大量精製、細胞培養実験やマウスを用いた実験のお手伝いをしていました。当時は臨床業務が終わり夕方から明け方まで研究を行うことが日常的でした。あまり土日の休みもなかったため、学会出張の際には余裕がありむしろ睡眠時間が多かったように思います。当時大学院生は無給で大学病院勤務をしていましたので、生活も楽ではありませんでした。
実験においては現在とは異なりディスポ製品があまりない時代でしたので、フラスコ、ガラスピペット、パスツールピペットを水洗いしてオートクレーブする当番が毎日あり、ゴミ捨て、研究室の掃除も体力的には大変でしたがとても充実した日々であったことを覚えております。また、アッセイキットやプロトコール集があまり市販されていない時代なので、伝聞や自作、試行錯誤を繰り返して苦労しましたが、トラブルシューティングの実力向上に役立ったと思います。もちろん、インターネットによる文献検索やPDFは当初は発達していませんでしたので、図書館通いも重要な仕事でした。
現在の本邦における研究環境は恵まれており、説明書通りにすれば実験が進むことも多いのですが研究の実力を底上げするためには、例えば試薬の自作や自家作成ELISAの構築などを一つ一つ行うことも大事と思っています。
その後、ご縁があり、2003-2006年及び2009年に米国シカゴ大学及びブラウン大学(Leslie J De Groot先生)に留学して、それまでの研究の中でも自己免疫性甲状腺疾患(AITD)とHLAの関連について研究を深めました。引き続き、和歌山県立医科大学内科学第一講座 赤水尚史教授のご指導の下で、甲状腺自己免疫に関してさらにレベルの高い研鑚を積みました。まずバセドウ病の研究に関しては、in silico, in vitroおよび臨床研究において、HLA拘束性TSH受容体(TSHR)エピトープを同定しました(JCEM 2006, JCEM 2010, Thyroid 2009)。また、免疫調節作用のある変異TSHRペプチドを開発しました(Endocrinology 2013, Front Endocrinol 2016)。
近年、悪性腫瘍の画期的治療薬であるICの使用時に、高頻度に甲状腺障害が発症することが明らかとなりました。我々は日本内分泌学会「免疫チェックポイント阻害剤使用時の内分泌障害のガイドライン」作成委員を拝命いたしまして、名古屋大学内分泌内科 有馬寛教授の御指導のもと、ICIによる甲状腺機能障害のガイドラインを起案し刊行されました(Arima H, Iwama S, Inaba H, et al. Endocr J 2019)。その経験を応用し、ICIによる甲状腺障害・内分泌障害の臨床及び基礎的研究を行い、研究成果を発表しました。(Clinical Endocrinol 2019, Cancer Sci 2020)。
また、IgG4関連甲状腺疾患の研究においては、当教室の竹島健先生、赤水尚史教授とともにIgG4関連甲状腺疾患に関する研究班(厚労科研難治性疾患)に所属、バセドウ病、橋本病、リーデル甲状腺炎の解析を行ない、各疾患における血中IgG4値と病態との関連や臨床病理所見を報告しました(2014 Thyroid, 2015 Endocr J)。
これらの甲状腺疾患の共通点である自己免疫に着目し幅広く総合的に研究を行なうことは、これからも大変重要であり魅力的であると思っています。
本研究奨励賞(Endocr J 2019)を励みに、甲状腺自己免疫の病態解明と新規治療法の開発を目標として、より一層研究を推進したいと思います。
内分泌学会の先生方には引き続き御指導、御鞭撻を宜しく御願い申し上げます。
最後になりましたが、若手の皆さんにお贈りするメッセージとしましては、これまでの研究成果は臨床と基礎を合わせて幅広く一生懸命に取り組んだ結果であると思っています。さらに専門医取得や臨床手技の習得も大事だと思います。そのような様々な経験を生かしてスケールの大きな研究を行い、力を合わせて内分泌学の進展、内分泌学会の発展に一緒に貢献できればと思っています。
略歴
1999年 信州大学医学部医学科卒業
1999年 信州大学医学部付属病院老年科(内分泌代謝内科)研修医
2003年 米国シカゴ大学医学部内分泌科(Research Associate)
2004年 米国ブラウン大学医学部内分泌科(Research Associate)
2006年 信州大学大学院医学研究科卒業 医学博士
2007年 信州大学医学部付属病院加齢総合診療科(内分泌代謝内科) 助教
2009年 米国ロードアイランド大学分子生物学(Research Associate)
2011年 和歌山県立医科大学医学部内科学第1講座 助教
2017年 和歌山県立医科大学医学部内科学第1講座 講師
主な受賞歴
2006年 第88回アメリカ内分泌学会 甲状腺研究奨励賞
2009年 信州大学医学部研究奨励賞
2011年 第54回日本甲状腺学会 若手研究奨励賞
2017年 第12回アジア・オセアニア甲状腺学会 優秀発表賞
2018年 第61回日本甲状腺学会 コスミック研究創成賞優秀賞
佐藤 貴弘(久留米大学 分子生命科学研究所)
受賞タイトル:低栄養環境下におけるエネルギー保持機構の解明
このたびは、令和元年度という節目の年にこのような伝統のある賞を授与していただきありがとうございました。故郷で開催された大会での受賞ということもあり、より感慨深く感じております。これまでご指導をいただいた児島将康教授をはじめ、日本内分泌学会の諸先生方、また、常に研究を支援して下さった研究室のみなさまにこの場を借りて御礼申し上げます。
私が「研究」を意識したのは小学校の中学年頃でした。毎月楽しみにしていた釣り雑誌を買いに行くと、たまたま隣にNewtonという科学雑誌が積んであり、何気なく手に取るとそこにはジャガイモ(potato)とトマト(tomato)を一緒に収穫できる「ポマト(pomato)」の写真が掲載されていました。この不思議な植物は細胞融合という技術で作られたという説明に大変な衝撃を受けるとともに、研究が生み出すものの大きさを意識するきっかけにもなりました。その後も生物学に興味を持ったまま育ち、高校のときに、下垂体という小さな臓器が全身の機能を調節するということを学んでからは、すっかり下垂体の虜になっていきました。
大学では、下垂体前葉細胞の分化を研究する機会に恵まれました。当時、電子顕微鏡観察では撮影した写真を暗室で現像する作業が必要でしたが、セーフライトの赤い光の下で成長ホルモンとプロラクチンを同一分泌顆粒内に持つ細胞、マンモソマトトロフが浮かび上がった時にはぞくぞくしたことを覚えています(Tissue Cell, 1999; Cell Tissue Res, 2011)。ちょうどその頃、成長ホルモンの放出を促進するグレリンというホルモンが発見されたことを知り、グレリンがマンモソマトトロフの機能調節に必要なのかもしれないと考えるようになりました。学位取得後の就職先を探していた時期だったこともあって公募情報を眺めていたところ、グレリンの発見者である児島教授が久留米大学で博士研究員を募集していることを知り、研究室の門を叩きました。
久留米大学では、グレリン遺伝子欠損マウスを作出するところからはじめることとなりました。学生時代は分子生物学の再試験組だったので、この仕事をいただいた時には頭が真っ白になりました。しかし、グレリン遺伝子欠損マウスを作製しないことには実験すらできないため、約2年かけて作出することになります。ところが、グレリン遺伝子欠損マウスができたころにはマンモソマトトロフの機能調節に関する研究も十分に蓄積され、グレリンの関与は小さいだろうということがわかってきました。
このため、作出したグレリン遺伝子欠損マウスを使ってグレリンの生理機能を解析する研究を開始しました。先行研究などからグレリン遺伝子欠損マウスに見られるであろう異常な形質をある程度予想していましたが、実際に産まれてきたマウスはこれらの形質に異常のないマウスでした(Regul Pept, 2008)。研究は予想とは異なる結果が出た時ほどおもしろいなどと聞きますが、任期の迫った当時はそんな余裕もなく青ざめるしかありませんでした。
このような中でも研究を続けて来られたのは、おそらく成果が出ないことに対して誰よりも耐えて下さったであろう児島教授が、ずっと自分を雇用し続けて下さったことが大きいと感じています。さらに、若手を繋ぐ環境の整った本学会に入会し、同世代の方々に刺激を受けてきたことは継続的な気力の源となりました。こうして多くの方々に支えられながら機能解析を進めていくうちに、低栄養環境下ではグレリンが自律神経機能のリズムを調節してエネルギーを保持するということがわかってきて一連の研究としてまとめることができました(Endocrinology, 2005; Obes Res Clin Practice, 2014; J Phys Fit Sports Med, 2017; Cell Metab, 2018; Endocr J, 2019)。
振り返ってみると、高校の時に興味を持った内分泌学にこれまでずっと携わって来られたのは幸せだったと思います。この間の研究生活は日々興奮の連続で、新しい発見にわくわくする毎日でした…という状況を夢見て研究生活を送っていましたが、実際には、実験だけではなく論文や研究費の採否次第でも頭が真っ白になったり顔が真っ青になったりの連続で、これこそが自分の日常だったと思います。しかし、毎日が充実していたことには違いなく、無意識のうちに研究者としての歩みを進めて来られたのかなと感じています。
これから研究の道に進まれる若い先生方も多いと思いますが、どのような研究スタイルが正しいのかは研究者それぞれだと思います。しかし、どんな状況でも歩み続けるということはおそらくすべての研究者にとって必要だと思いますので、ぜひ、「研究を続ける」ということを心の片隅に置きながら研究生活を送っていただければと思います。
自分自身もこの受賞を励みとして研究を続け、できることなら内分泌学の発展や展開に貢献できればと考えておりますので、今後とも変わらぬご指導とご鞭撻を賜りますようお願い申し上げます。
略歴
2002年3月 東北大学大学院 農学研究科・博士課程 修了 / 2002年4月 久留米大学 分子生命科学研究所 遺伝情報研究部門・博士研究員 / 2003年4月 同・助手(現・助教) / 2007年4月 同・講師 / 2010年4月 同・准教授(現在に至る)
受賞歴
日本内分泌学会 研究奨励賞、日本内分泌学会 若手研究奨励賞、日本神経内分泌学会 川上賞、日本神経内分泌学会 若手研究奨励賞
白川 純(横浜市立大学大学院 医学研究科 分子内分泌・糖尿病内科学 講師)
受賞タイトル:グルコースシグナルを介した膵β細胞機能調節機構の解明
この度は、大変栄誉ある日本内分泌学会研究奨励賞に選出いただきまして、誠にありがとうございます。また、横浜市立大学大学院医学研究科分子内分泌・糖尿病内科学の寺内康夫教授をはじめ、研究をご指導いただきました多くの先生方に心より感謝申し上げます。今回受賞させていただきました膵β細胞におけるグルコースシグナルに関する研究について紹介させていただきます。
グルコースは、全身の多くの細胞における主要なエネルギー源の1つであり、血糖として血液中を循環しています。グルコキナーゼは、グルコース代謝の初期段階である解糖系の律速段階酵素であり、肝臓においては糖の取り込みに、膵β細胞においてはグルコース応答性のインスリン分泌に、重要な役割を果たしています。すなわち、グルコキナーゼは膵β細胞におけるグルコースシグナルを制御する中心的な因子です。常染色体優性遺伝で発症する若年糖尿病であるMODY(maturity-onset diabetes of the young)2は、グルコキナーゼの機能欠失型変異により引き起こされます。
現在もご指導いただいている寺内康夫先生(当時東京大学)らは1995年に、膵β細胞特異的エクソンを欠失させた膵β細胞特異的グルコキナーゼ欠損マウスを作成し報告されました(JBC 2015)。寺内先生らは、このマウスを用いて、2007年1月には、高脂肪食などのインスリン抵抗性下においてグルコキナーゼを介したグルコースシグナルがIRS-2を介したインスリンシグナルを活性化し、代償性の膵β細胞増殖を引き起こすことも報告されました(JCI 2007)。私は、東京の市中病院で初期臨床研修医1年目として過ごしていた時に、この論文を読んだことが膵β細胞の研究に取り組むきっかけとなりました。この論文に対する巻頭の総説で、グルコースシグナルが膵β細胞においてインスリンシグナルを活性化する模式図が掲載されており、インスリンを産生する膵β細胞でのインスリンシグナルの制御に興味を持ちました。研修医2年目の2007年5月には、今度は、アメリカのジョスリン糖尿病センターから、インスリン抵抗性下における代償性の膵β細胞増殖には、膵β細胞のインスリン受容体が重要であるという論文が報告されました(PNAS 2007)。この論文に対する巻頭の総説に描かれていた、細胞内のグルコースシグナルとインスリン受容体を介したシグナルとの2つの仮説に関する図を見た時に、この謎を解き明かしたいと思い、翌年には横浜市立大学の寺内先生の大学院に入学していました。この時は、自分自身が、この論文を報告したアメリカのラボに留学をすることになるなど全く想像もつきませんでした。
大学院入学後は、膵β細胞におけるグルコキナーゼを介したグルコースシグナルが、細胞死や増殖を制御する機序などを中心に様々な研究に携わらせていただきました。大学院を終える頃から、海外の論文ではヒト膵島研究の重要性が唱えられており、ヒト膵島研究を日本でもやりたいと考えました。そこで、アメリカで積極的にヒト膵島研究を推進しているラボを探したところ、上述のジョスリン糖尿病センターのKulkarni先生のラボが候補にあがりました。ライバル関係にある(と勝手に自分で思っていた)ラボに行くのはどうかと思いましたが、寺内先生も快諾していただき、何もつてもないままメールを送り、これまで留学されていた日本人の先生方のご助力もあり、幸運が重なり2014年から渡米しました。留学当初に与えられた課題は、膵β細胞関連ではなく肝臓の非常に難解な解析で、ネガティブデータの山を量産する日々も過ごしていましたが、2年目からヒト膵島研究にも関わることができ、2017年に帰国後も日本においてヒト膵島を用いた研究を進めています。
膵β細胞におけるグルコースシグナルは、血糖値の上昇、すなわち糖尿病状態において活性化されるシグナルでもあり、その制御と破綻が糖尿病状態下における膵β細胞の病態形成を解明する鍵となる研究であると考えております。これらのグルコースシグナルは、炎症細胞との相互作用、細胞間接着、細胞外基質の制御、神経伝達物質産生など、未知の機構が存在していることも明らかになりつつあり、糖尿病の新規治療法開発にむけた研究へ展開できることを夢見ています。これまで研究を継続できているのは、多くの先生方のご指導や、一緒に研究を行う仲間の存在、そして学外の研究者の先生方との交流があったからです。厚く御礼申し上げます。内分泌研究は、自分の興味深いことは何でもテーマとなり、可能性は無限大です。より多くの内分泌学会の若手の先生方が、自由な発想で飛び込んで来てくれるような独創的な研究を発信していけるよう、一層精進して参ります。引き続きのご指導、ご鞭撻の程、よろしくお願い申し上げます。
経歴
2006年 筑波大学 医学専門学群 卒業
2008年 横浜市立大学 内分泌・糖尿病内科(寺内康夫教授)入局
2009年 日本学術振興会特別研究員DC1
2011年 横浜市立大学 内分泌・糖尿病内科 助教
2014年 ハーバード大学 ジョスリン糖尿病センター リサーチフェロー
(日本学術振興会海外特別研究員、Rohit N. Kulkarni 教授)
2017年 横浜市立大学 内分泌・糖尿病内科 助教
2019年 横浜市立大学 内分泌・糖尿病内科 講師
2020年 群馬大学生体調節研究所 代謝疾患医科学分野 教授
田中 都(名古屋大学 環境医学研究所 分子代謝医学分野)
受賞タイトル:細胞間クロストーク・臓器間ネットワークに着目した肥満・糖尿病の病態解明
この度は、歴史ある日本内分泌学会研究奨励賞を受賞することができ、大変光栄に存じます。今回の受賞を励みに、より一層、研究に邁進し、内分泌学の発展に貢献したいと考えております。
私がヒトの健康に興味を持ったのは、幼少の頃でした。友達のお弁当のウィンナーは赤いのに、自分のお弁当のウィンナーは赤くない。「何で私のお弁当のウィンナーは赤くないの?」と母に尋ねると、「ウィンナーはもともと赤くないのよ。赤いウィンナーは赤く色を塗っているの。赤いウィンナーを食べると、身体が赤くなっちゃうよ」と言われたのを記憶しています。ヒトの身体は食べた物でできている、と自然と思うようになり、食べ物と健康に興味を持ち、栄養研究の道に進みたいと思うようになりました。
栄養研究を目指して入学した京都大学農学部では、癌細胞の多剤耐性に関する研究に携わりましたが、もっと誰にでも分かるような健康に繋がる研究がしたい、食品の中でも最も自然に近い製品を扱っている会社で研究がしたい、と思い、卒業後は、雪印乳業株式会社(現・雪印メグミルク株式会社)に入社しました。幸いにも、栄養研究グループに配属され、生活習慣病予防の研究に携わり、企業時代の経験は得も言われぬ貴重な体験となりました。一方で、30歳を目前とした時に、自分が30代に何に集中したいかを考え、アカデミアに戻ることを決め、断腸の思いで退職しました。何に集中したいか。それは、病気の成因を知りたい、ということでした。食品・栄養で生活習慣病の予防を、と思っていたものの、生活習慣病の成因について勉強不足であることを痛感したためです。私は修士号を有していなかったため、どうやってアカデミアに戻るかを考えた挙げ句、どんな形でも構わないと考え、求人情報を探索しました。偶然、東京医科歯科大学の小川佳宏先生(現・九州大学教授)の研究室で技術補佐員を募集しているのを見つけ、応募したところ、小川先生はすぐに面接をして下さり、その場で採用を決めて下さったので、私はすぐに研究室に参加しました。菅波孝祥先生(現・名古屋大学教授)の技術補佐員として働き始めましたが、小川先生が「博士号を取得した方がいい」と様々な方面から情報を収集して下さり、修士号のない私でも博士課程の受験資格が得られる制度を利用して、博士課程に進学しました。
私が博士課程時代に取り組んだ研究は、「レプチンが腎障害に及ぼす影響」でした。いろいろな思い、特に、学会発表の際、テーマ種別で「その他」しか選択できないもどかしさは、ずっと付いて回りましたが、この研究で多くの経験ができました。良かったことも悪かったことも山のようにありますが、大きく2点、紹介したいと思います。
1点目は、ネガティブデータがポジティブデータになる瞬間を実感できたことです。私の研究は、動物実験で得られた結果について培養実験で作用機序を明らかにする、というスタイルで進めていましたが、培養実験で結果が得られない日々が続きました。具体的には、レプチン欠損ob/obマウスで認められた尿細管間質障害軽減効果は、レプチンの皮下投与で消失するので、尿細管上皮細胞にレプチンを添加したら炎症性変化が起こるであろう、と予測していたところ、炎症性変化は起こりませんでした。自分の手技を疑い、実験条件を見直し、レプチン受容体過剰発現細胞を作成し、気づいたら1年が経っていましたが、結果が出ない。毎日毎日、朝から晩まで同じようなことをしているので、デジャブじゃないかと思った、と言われることもありました。最終的に、答えとしては、動物実験でのレプチンの作用は中枢神経系を介するものだったので、尿細管上皮細胞にレプチンを添加しても結果が出るはずがありません。しかし、この「末梢組織の炎症に対するレプチンの中枢作用」という真実を見いだしたことによって、ネガティブデータはポジティブデータとして使えることになりました。ネガティブにはネガティブの意味がある、そう思えた瞬間でした。
2点目は、多くの研究者と交流できたことです。研究室では、レプチンの研究も腎臓の研究も、携わっているのは私1人だったので、小川先生、菅波先生の他に詳細に議論をできる人はいませんでした。ある意味、孤独な状況でしたが、学会の「その他」の枠には、様々な研究をされている先生方がいらっしゃり、発表の際には有意義なご意見を頂くこともでき、「レプチンと腎臓」の研究を通して、学内外で多くの先生方と意見交換できたことが、私の財産となっています。
学位取得後は、今回の受賞内容である「肥満の脂肪組織炎症・線維化」の研究に取り組み、ごく一部分ではありますが、その病態生理的意義を明らかにできたと思っています。今後は、元々のバックグラウンドである栄養研究と肥満の脂肪組織炎症・線維化との関連にも着目しながら、1つでも新しい真実を明らかにし、ヒトの健康に寄与できる研究を進めていきたいと思っています。
最後になりましたが、「死ぬほど頑張っても絶対死なへん」と叱咤激励頂いた小川先生、いつもきめ細やかな心遣いでサポートして下さる菅波先生、そして、これまで私を支えて下さった多くの先生方、仲間達に、心から感謝いたします。今後とも、ご指導、ご鞭撻の程、よろしくお願い申し上げます。
略歴
1997年3月 京都大学農学部農芸化学科卒業
1997年4月 雪印乳業株式会社
2003年12月 東京医科歯科大学 難治疾患研究所 分子代謝医学分野 技術補佐員
2004年4月 東京医科歯科大学 難治疾患研究所 分子代謝医学分野 専攻生
2005年4月 東京医科歯科大学大学院 医歯学総合研究科 博士課程(2009年3月修了)
2009年4月 東京医科歯科大学 難治疾患研究所 分子代謝医学分野 特任助教
2012年4月 東京医科歯科大学 分子内分泌代謝学分野 メディカルフェロー
2014年4月 東京医科歯科大学 分子内分泌代謝学分野 特任助教
2015年7月 名古屋大学 環境医学研究所 分子代謝医学分野 助教
2020年1月 名古屋大学 環境医学研究所 分子代謝医学分野 講師(現在に至る)