日本内分泌学会

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教育・研究

2023年度(令和5年度) 研究奨励賞受賞者によるこれまでの研究の紹介と将来への展望

最終更新日:2024年9月10日

2023年度(令和5年度)日本内分泌学会研究奨励賞は 5名の先生方が受賞されました。
これまでのキャリアや若手の先生方へのメッセージをご寄稿下さいましたのでご紹介いたします。
皆様のロールモデルとしてぜひご参考になさってください!
 

宇都宮 朱里
(広島市立北部医療センター安佐市民病院/広島大学大学院医系科学研究科遺伝医学/広島大学大学院医系科学研究科小児科学)
Na値異常を呈する稀少性内分泌疾患における新規病因と病態の解明
 
奥野 陽亮
(大阪大学大学院医学系研究科 内分泌・代謝内科学)
酸化ストレス/コルチゾールによる正所性・異所性脂肪蓄積とBMAH原因遺伝子ARMC5の分子制御機構に関する研究
 
小林 朋子
(名古屋大学 医学部附属病院 糖尿病・内分泌内科)
免疫チェックポイント阻害薬による内分泌障害の臨床的特徴及び発症予測マーカーの検討
笹子 敬洋
(東京大学大学院医学系研究科 糖尿病・代謝内科)
インスリン作用の解明と糖尿病治療の確立に向けた研究
的場 圭一郎
(東京慈恵会医科大学 内科学講座 糖尿病・代謝・内分泌内科)
腎糸球体硬化を制御するROCKシグナルの機能解明と糖尿病性腎症治療薬シーズの探索

宇都宮 朱里(広島市立北部医療センター安佐市民病院/広島大学大学院医系科学研究科遺伝医学/広島大学大学院医系科学研究科小児科学)

受賞タイトル:
Na値異常を呈する稀少性内分泌疾患における新規病因と病態の解明

 この度は、研究奨励賞という栄えある賞にご選出いただき、誠にありがとうございます。大変身に余る機会と感じておりますと同時に、この重みを感じ、研究の発展と臨床への貢献を目標に、気持ちを新たにしているところでございます。

 本稿では、若手の方々への言葉として、私の研究紹介と経験を通じて考えている、伝えたいメッセージについてお示しさせていただければと思います。これまで振り返ると、自分の探究心をもとに続けていましたが、一人でできたことはわずかばかりで、常に周囲の方、各分野のご専門の先生にご協力いただいた結果であると考えており、皆様に深謝申し上げます。

 まず私の背景は、小児科医ですが、研修医の時に先天性副腎皮質過形成症の患者さんとの出会いがあり、医師2年目には小児内分泌分野を専門にしたいと考える様になりました。そんな中、医師5年目に、本態性高ナトリウム血症の女児の方と出会いました。ナトリウム代謝は苦手意識がありましたが、受診された際にNa170mEq/l台の高値にもかかわらず、一見、普通に過ごされておられ、この状態がなぜ起こっているのか?ということが大変印象に残り、その後の研究テーマに繋がりました。

 『なぜ?』に対して、当時の教科書にも答えとなる記述が少なく、対症的治療をしながらも、なぜ?の想いが解消されないままでした。その後、大学院に進学し、大学でも患者さんの経過をフォローさせていただく機会を得ました。数年経ち、症例に類似した論文報告があることを先輩である原圭一先生に教えていただきました。それが、当時基礎生物学研究所におられた野田昌晴教授(現、東工大特任教授)、檜山武史(現、鳥取大学教授)先生の論文で、1)神経節腫瘍合併の本態性高ナトリウム血症女児例でNax抗体陽性を認めた報告でした。本疾患に初めて自己免疫機序が報告されたブレイクスルーとなった論文であり、その後すぐに抗体解析をご依頼しました。ただ、患者血清では予想していたNax抗体は陰性であり、一方、マウスの脳弓下器官への抗体反応が認められたとの結果をいただき、報告いたしました。2)脳弓下器官は、脳室周囲器官の一部であり、血液脳関門を免れている特殊な部位であり、血液中のナトリウム、サイトカイン等からのシグナルを感知している部位になります。同部位への抗体反応があるとのことで、病態の答えが納得できたことに興奮しましたが、では、その抗原分子が何であるか?という別の問いが次に生じてきました。

 野田教授から、同様の患者群がいるであろうことを伺い、2017年から『視床下部下垂体領域に器質病変を持たない本態性高ナトリウム血症の抗体解析』として疫学調査を開始しました。この調査では小児内分泌学会の会員を対象として、国内の先生方から多くの患者様の血清、臨床情報をお送りいただきました。私自身、マウス実験の経験は皆無でしたが、檜山先生からマウスの脳切片作成法をご指導いただき自分で解析を行うことができる様になりました。そのため、海外からもメールで解析依頼の連絡が来る様になり、患者群が予想よりも多く、主治医先生が治療方針に悩まれていることも肌で感じました。ただ、小児科医ですので、マウスをサクリファイスすることは忍びなく、新たな知見のためにと覚悟したものの、心で念仏を唱えながら実験をした日々でした。その後も解析依頼が増える中、より簡便な検査ができないかと考え始めるようになりました。

 そこで、プロテインアレイ解析の第一人者の五島直樹先生(当時、産総研)がおられることを、先輩の岡田賢先生(現、広島大学小児科教授)にお伺いし、やりとりをさせていただくことができました。陽性検体から一つの抗原分子(ZSCAN1)が得られた際には、本当に嬉しく思い、これまでの過程に自信を得ることができました。抗原は細胞外のものを想定していましたが、そうではなく核内にあり、転写因子であること、腫瘍免疫とも関連する分子であることも、これまでの予想を良い意味で裏切る結果であり、今後の研究で明らかにできればと考えています。研究は、常に新しい事実を教えてくれる解決法であり、期待を覆す真実を教えてくれることに面白さがあると感じます。

 今回の結果が得るまでは、長い試行錯誤の日々で、大学院のテーマは別でしたので、思う様にいかない葛藤もありました。時間はかかりましたが、なぜ?の問いから自分で考え、始めた研究を継続できたことは自負しております。継続こそ、自分の貴重なキャリアとなっていると感じます。

 若い先生へ。常に、新しいものを創る(つくる)意識で、様々な挑戦をしていただき、これだ!と思うものに出会ったなら、それを自分自身で掴んで、諦めることなく、その道を邁進していただきたいと思います。そうすれば、その先には、必ず、唯一無二の道が作られているはずだからです。皆様の輝かしいご活躍を祈念してメッセージとさせていただきます。

文献
1:Hiyama TY, Matsuda S, et al. Autoimmunity to the sodium-level sensor in the brain causes essential hypernatremia. Neuron. 2010 May 27;66(4):508-22.
2:Hiyama TY, Utsunomiya AN, et al. Adipsic hypernatremia without hypothalamic lesions accompanied by autoantibodies to subfornical organ. Brain Pathol. 2017 May;27(3):323-331.

略歴

2002年 広島大学医学部医学科卒業
2008年 広島大学病院小児科医科診療医
2014年 University of California, Los Angeles, Department of Pediatrics, Division of Pediatric Endocrinology, Research fellow
2015年 広島大学病院 小児科クリニカルスタッフ
2020年 広島大学大学院医歯薬学総合研究科 博士号(医学)取得
2020年 県立広島病院小児科部長
2022年4月から現在 広島大学大学院医系科学研究科遺伝医学 客員教授
2022年10月から現在 広島市立北部医療センター安佐市民病院小児科部長
2023年4月から現在 同、がんゲノム診療科部長兼任
 


奥野 陽亮(大阪大学大学院医学系研究科 内分泌・代謝内科学)

受賞タイトル:
酸化ストレス/コルチゾールによる正所性・異所性脂肪蓄積とBMAH原因遺伝子ARMC5の分子制御機構に関する研究

 この度は、「酸化ストレス/コルチゾールによる正所性・異所性脂肪蓄積とBMAH原因遺伝子ARMC5の分子制御機構に関する研究」に関し、大変栄誉ある日本内分泌学会研究奨励賞に選出いただきまして、誠にありがとうございました。大変僭越ではありますが、私のこれまでの研究活動を紹介させて頂き、少しでも後進のお役に立てればと思います。

 私は、小学生の時から研究には興味がありましたが、あまり生物には興味が無く、学生時代は、宇宙、素粒子、相対性理論、絶対零度などの物理学の方に興味があり、ブルーバックスなどを読み漁っていました。結局は医学部に進学したのですが、今から考えてみると、大掛かりな観測設備などを必ずしも必要しない医学生命科学で良かったのかなと思ってはいます。

 医学部時代には、アディポネクチンの講義に非常に興味を持ち、学部卒業後は、当時、病理病態学講座の教授であった下村伊一郎先生の研究室の門を叩きました。しかし、アディポネクチンのテーマは与えられず、当時in vitroで同定されたいくつかの因子のノックアウトマウスの作出及び解析を行っていたのですが、結局のところあまり芳しい表現型は得られませんでした。ノックアウトマウスは確かに非常に強力なツールで、当たればインパクトのある雑誌にも乗りやすいです。しかし、どの遺伝子をノックアウトするかに関しては、in vitroの結果を元にするしかありませんので、大学院卒業後は、何か新しい因子をスクリーニングしたいと強く思い、研究室を変えることを検討しました。

 脂肪細胞学の分野は思い入れが出来ていましたので、他の分野へ移動することは考えていませんでしたが、生物学全般に共通する基礎的な分野であれば、脂肪細胞学へも応用できるだろうと考えました。その一つが、転写因子学でした。当時、加藤茂明先生の研究室では、Affinity-capture MSを駆使し、転写に関連する新しい分子機能を次々と見出しており、門を叩いたところ、ありがたいことに研究員として採用して頂けました。加藤研には5年間在籍し、Affinity-capture MSの手法も教えて頂けたのですが、実験は難しいもので、結局はAffinity-capture MSを用いたデータは論文化できず、ノックアウトマウスの解析が論文の形になりました。

 この時点で10年が経過しており、あまり論文業績もありませんでしたので、中々基礎研究で食べていくのは難しいように感じていました。ですので、内分泌・代謝内科学の教授になられていた下村先生の教室に帰局させて頂き、一から病棟業務を学ばせていくこととなりました。慣れない病棟業務はかなり大変でしたが、僅かに空いている時間で基礎研究も行っても良いとのことで、少しずつ実験を行っていました。すると、不思議なことに、研究ばかりしていた時は中々データが出なかったにも関わらず、駄目元で実験していたこの時の方がデータがどんどん出てきました。当時は、脂肪細胞特異的酸化ストレス除去マウスの解析を行っていたのですが、皮下脂肪が増加する一方、腸間膜脂肪が減少するという、あまり見たことのないデータも取れました。インスリン抵抗性を評価する際、ITTを動物舎で行うのですが、その間に病棟からPHSがかかってきて、泣く泣く中断したりしましたが、インスリン抵抗性もきれいに改善し、Diabetes誌に報告出来ました(Okuno Y et al., Diabetes. 2018)。

 また、大学院生から思い描いていたスクリーニングに対する思いはずっと残っており、加藤研で習得したAffinity-capture MSを行いました。たまたまSREBPに縁があり、Affinity-capture MSを行った所、BMAHの原因遺伝子であるARMC5を取得しました。Affinity-capture MSは、朝から晩までの工程が2日間連続で必要なのですが、当時病棟をやっていた関係でどうしてもその時間が取れず、やむを得ず夏休みとして病棟業務を休ませて頂いたりしたのは良い思い出です。

 ARMC5を同定したのは2019年頃とまだ最近の話ですが、恐らくこれが私の研究人生のターニングポイントである感覚があります。ARMC5はSREBPのN末端と強力に相互作用し、また、細胞質に局在することから全長型SREBPを分解する一方、核内型SREBPには作用しないことが分かりました。また、ステロイド合成は細胞内コレステロールを消費することから、副腎皮質のSREBPは恒常的に活性化されており、その経路にARMC5が作用し、BMAHの発症に寄与することも分かりました(Okuno Y et al., JCI Insight. 2022)。

 更に、長年の夢であった、自分でスクリーニングした因子をノックアウトするということが叶い、脂肪細胞特異的ARMC5欠損マウスを作出しました。大学院生にテーマとして与えましたが、in vitroで同定した機能がノックアウトマウスレベルで再現できない可能性も当然あり、不安ではありました。しかし、それは杞憂であり、脂肪細胞の唯一のSREBP1標的遺伝子と言えるSCDの発現が1/10程度に減少し、実際に飽和脂肪酸が増加、不飽和脂肪酸が減少するという表現型が得られました。現在は、何故、全長型SREBPの分解がSREBPの活性化につながるのか、また、脂肪組織や副腎皮質以外のARMC5の機能、また、SREBP以外をbaitとしたAffinity-capture MSなどを行っています。

 研究歴が長くなってくると、若い先生方に伝えたいことは色々出てきますが、中々このような公的な場では言えないことも多いものです。ですので、上の先生方との普段の会話や、お酒の入った飲み会などで色々聞いてみるのは大事かもしれません。また、研究に限った話ではないでしょうが、うまく行く時とうまく行かない時が必ず来ます。他の人のやり方は参考にするのは良いですが、比較はしない方が良いと思います。生命科学において、ある研究者が成功しているのかというのは、論文業績だけでは一概には言えず、実際はかなりの長い年月を必要とするものです。私個人としては、自分の手で実験でき、仮説を立てて検証できる環境にあることに満足していますし、まずはそれで十分かなと思ってはいます。もちろん、そのような環境を準備して下さった下村教授には感謝しております。また、内分泌学や糖尿病学に興味を持って下さる方々が大勢いらっしゃるということは、実は非常に恵まれたことですので、このことに関しても感謝しております。

略歴

2003年 大阪大学医学部医学科卒業
2003-2008年 大阪大学大学院医学系研究科 病理病態学 博士課程
2008-2012年 東京大学分子細胞生物学研究所 特任研究員
2013-2014年 大阪大学医学部附属病院 医員
2014-2016年 大阪大学大学院医学系研究科 内分泌・代謝内科学 特任研究員
2016年-2020年 同 助教
2020年-現在 同 医学部講師
 



小林 朋子(名古屋大学 医学部附属病院 糖尿病・内分泌内科)

受賞タイトル:
免疫チェックポイント阻害薬による内分泌障害の臨床的特徴及び発症予測マーカーの検討

 この度、第96回日本内分泌学会学術集会において日本内分泌学会研究奨励賞を受賞させていただき、誠にありがとうございました。内分泌学会会員の皆様、研究をご指導いただきました先生方に厚く御礼申し上げます。

 今回受賞いたしましたテーマは「免疫チェックポイント阻害薬による内分泌障害の臨床的特徴及び発症予測マーカーの検討」です。名古屋大学医学部附属病院では、本邦で免疫チェックポイント阻害薬(ICI)が発売開始となった直後の2015年11月より、ICIを使用するすべての症例を対象とした内分泌irAEs(免疫関連有害事象)についての前向き観察研究を開始しました。私はちょうど2015年10月に大学に帰局し、大学院生として研究を開始したときから本プロジェクトに取り組んでいます。その後のがん治療におけるICIの台頭は周知の通りでありますが、この状況を見越して研究を立ち上げてくださった有馬寛教授、岩間信太郎先生にはただただ敬服するばかりです。当初は臨床研究チームの大学院生は私のみで細々とやっておりましたが、今や1300例を超えるコホートをフォローするようになり、多くの先生方にご協力いただきながら日々研究を行っております。

 このレジストリ研究の成果として、甲状腺自己抗体(ATA)が抗PD-1抗体による破壊性甲状腺炎のリスク因子になること(Kobayashi T et al., J Endocr Soc 2018)、抗CTLA-4抗体と抗PD-1抗体の併用療法では甲状腺障害の発症率が単独療法より高くなること、そこでもATAが甲状腺障害の発症を予測する指標となること(Iwama S*, Kobayashi T* et al., J Clin Endocrinol Metab. 2022 *contributed equally)、抗PD-L1抗体による甲状腺障害では投与前の血清TSH値高値、抗サイログロブリン抗体陽性、チロシンキナーゼ阻害薬又はラムシルマブの投与歴がリスク因子となることを報告いたしました(Kobayashi T et al., J Clin Endocrinol Metab 2022)。また、ICIsによる下垂体障害は既報の後ろ向き研究よりはるかに高い頻度で認められること、2つの異なる病態(腫大を伴う複合型下垂体機能低下症とACTH単独欠損症)を呈し得ること、そして特筆すべきことに下垂体障害発症者は非発症者に比し生命予後が有意に延長すること(Kobayashi T et al., J Immunother Cancer 2020)、さらに抗下垂体抗体が下垂体障害のリスク因子になることを報告させていただきました(Kobayashi T et al., J Immunother Cancer 2021)。

 本研究の一部の結果は光栄なことに日本内分泌学会「免疫チェックポイント阻害剤使用時の内分泌障害のガイドライン」にも引用いただきました。このように臨床研究の醍醐味は自分が実臨床で疑問に思うことを検証でき、さらにその結果をまた日々の臨床に還元できる点にあると思います。また、私の所属する研究グループでは、臨床研究と基礎研究の両面から内分泌irAEsの機序解明を目指しています。今後下垂体障害のリスクマーカーとして同定された自己抗体を手掛かりとして自己抗原を同定できれば、下垂体に対する自己免疫発症機構の解明のみならず、他臓器のirAEsの病態解明にも展開できるのではと夢見ております。皆様が少しでも本研究に興味をもってくだされば幸いです。

 私自身について振り返りますと、私には現在中学生3年生の息子がおりますが、大学院進学を決めた時はまだ子どもが保育園に通っていた頃でした。当時の私のように、育児など家庭の事情で大学院進学を不安に思っている先生方も中にはいらっしゃるかと思います。家族のサポート体制など環境はひとそれぞれですので一概には言えませんが、育児と研究の両立はやはり多くの困難を伴います。職場でも家庭でも肩身の狭い思いをすることは多々あるかと思います。しかしながら、それぞれの役割において価値があると信じ、サポートしてくれている周囲への感謝を忘れず研究をすることができれば、素晴らしい成果を出すことも可能であると思います。若手の皆様がこのメッセージから少しでも励みや希望を感じてくだされば幸いです。

 最後になりましたが、いつもきめ細やかな心遣いでサポートして下さる有馬先生、岩間先生、そして、これまで私を支えて下さった多くの先生方に心から感謝いたします。今後ともご指導ご鞭撻の程よろしくお願い申し上げます。

経歴

平成22年3月 名古屋大学医学部医学科 卒業
平成22年4月 名古屋第二赤十字病院 初期研修
平成24年4月 同 糖尿病・内分泌内科
平成27年4月 名古屋大学大学院医学系研究科 入学
平成31年3月 同 博士課程修了
現在      名古屋大学医学部附属病院 糖尿病・内分泌内科 病院助教
 



笹子 敬洋(東京大学大学院医学系研究科 糖尿病・代謝内科)

受賞タイトル:
インスリン作用の解明と糖尿病治療の確立に向けた研究

 この度は歴史ある日本内分泌学会研究奨励賞をいただき、大変光栄に存じます。私は先代の教授である門脇孝先生のもとで、戸邉一之先生、植木浩二郎先生、窪田直人先生のグループで研究に従事し、現在の教授である山内敏正先生のもとでもこれを継続してきました。

 基礎研究においてはインスリンの多面的な作用の解明に、主にモデルマウスを用いながら取り組みました。肝臓では摂食時にインスリンが蛋白合成を促進するのみならず、小胞体ストレスに対する応答も誘導する一方、肥満・糖尿病の病態では、インスリン作用の低下が小胞体ストレスに対する応答不全につながり、病態の増悪に寄与することを見出しました。更にヒト肝生検検体の解析から、2型糖尿病に合併した非アルコール性脂肪性肝炎の進展に、確かに小胞体ストレス応答不全が寄与していることも分かり(Nat Commun 2019)、内分泌の領域では基礎研究と臨床の距離が非常に近いことを、強く感じさせられました。

 肝臓と共に糖新生を担う組織としては腎臓の近位尿細管が挙げられますが、その詳細な制御機構の解明にも取り組み、インスリンと共に糖の再吸収も、糖新生を抑制することを明らかにしました(Diabetes 2017)。最も印象に残っている実験結果は、ストレプトゾトシン投与マウスでその律速酵素の発現を見たもので、肝臓では上昇した一方、主に近位尿細管から成る腎皮質では予想と正反対に低下するというものでした。このマウスではインスリン作用の低下が糖新生を亢進させる一方、高血糖に伴う糖の再吸収の増加はこれを抑制する方向に作用しますが、肝臓では前者が勝る一方、近位尿細管では後者が勝るものと解釈できました。私はそれまで、代謝は結局インスリンで決まるものと思い込んでいましたが、組織や条件に依ってはインスリン(ホルモン)がグルコース(栄養素)に「負ける」こともある、と気づかされました。

 肝臓・腎臓に加えて、骨格筋も重要なインスリン標的臓器ですが、そのインスリン抵抗性モデルである骨格筋特異的Akt1/2二重欠損マウスは、サルコペニアに加えて骨量減少と寿命短縮を呈しました。Tsc2も含めた三重欠損マウスやFoxO1/4も含めた四重欠損マウスの解析から、Aktの下流としてはFoxO経路が重要であることが分かりました。またこの二重欠損マウスの寿命は、カロリー制限下や高脂肪食負荷下でも短縮していた一方、メスでの短縮は見られませんでした(Nat Commun 2022)。インスリン/IGF-1シグナルの低下は、下等生物では老化を抑制するのが定説ですが、哺乳動物の筋肉では正反対にこれを加速させるのは大変興味深く、その機序を明らかにしていきたく考えております。またこの研究から、ホルモンは個体寿命すら左右する、それだけ重要なものであることを再認識できたように思います。

 この観点からはアディポネクチンも忘れてはなりません。私たちは最近、老化関連疾患である大動脈弁狭窄症が進行した、若年の脂肪萎縮症の一例を経験しました。この方は老化が進みやすい遺伝的背景があり、加えて低アディポネクチン血症と長年のレプチン補充療法に伴うアディポカインの不均衡により、炎症が進みやすかったことが相まったためと解釈できました(J Diabetes Investig 2022)。この方からは、1つの内分泌組織の機能はどのように補えばいいのか、例えば1つのホルモンだけ補充すれば十分なのか、といった根本的な問いを投げ掛けられたように感じております。

 一方で臨床研究においては、各種ガイドラインにも影響を及ぼすような臨床試験に長年携わることができました。J-DOIT3は2型糖尿病の合併症抑制を目指し、厚生労働省の戦略研究として開始となった介入試験で、より厳格な目標に向けた多因子介入が大血管症を中心とした血管合併症に及ぼす効果について、報告することができました(Lancet Diabetes Endocrinol 2017)。また安全性の観点から骨折のサブ解析を行ない、2型糖尿病に伴う骨折の危険因子の同定も行なったほか(J Clin Endocrinol Metab 2021)、同様の臨床試験に関する考察やレビューをまとめる機会もいただきました(Lancet Diabetes Endocrinol 2019;Diabetes Metab J 2023)。

 このように症例報告と基礎研究、或いは基礎研究と臨床研究とが、老化や骨粗鬆症といったキーワードでお互いに結びついており、インスリン・糖尿病を切り口に多面的なアプローチの研究に取り組むことで、内分泌・ホルモンにとって深く考える機会に恵まれたことが、自分にとって大変ありがたいことでした。

 最後に本学会の中堅・若手の会(YEC)について、これも総会でもお話ししたことですが、私はサマーセミナーでの研究発表や世話人など、貴重な経験を多くすることができました。この会がますます発展し、引き続き学会の若手の皆さんに多くの機会と出会いを提供していって欲しい、そのように願っております。

略歴

2003年 東京大学医学部医学科卒業 / 2009年 東京大学大学院医学系研究科卒業, 東京大学保健・健康推進本部助教 / 2011年 東京大学システム疾患生命科学による先端医療技術開発(TSBMI)特任助教 / 2019年 東京大学医学部附属病院糖尿病・代謝内科助教 / 2023年 Visiting Scientist, Lady Davis Institute for Medical Research, Jewish General Hospital, McGill University
日本内科学会総会・講演会サテライトシンポジウム「医学生・研修医の内科学サミット2014」指導教官賞 / 内科学会奨励賞 / 東京都医師会医学研究賞奨励賞 / 日本糖尿病学会リリー賞 / 日本内分泌学会YEC世話人
 



的場 圭一郎(東京慈恵会医科大学 内科学講座 糖尿病・代謝・内分泌内科)

受賞タイトル:
腎糸球体硬化を制御するROCKシグナルの機能解明と糖尿病性腎症治療薬シーズの探索

 この度、栄誉ある日本内分泌学会研究奨励賞を授与頂き、大変光栄に存じます。本受賞は、これまでご支援をいただき、導いて下さった皆様のお陰であり、心より感謝申し上げます。

 私が糖尿病性腎症に興味を抱いたのは、東京慈恵会医科大学附属病院研修医の時でした。当時の主任教授は田嶼尚子先生で、先生は疫学研究者であると同時に真の臨床家でした。内科医の基本であるところの、患者の訴えに傾聴し、丁寧な診察と説明を終始実践される先生からは、一例一例を大切にする臨床医学の基本を教えていただきました。また、日々の臨床を通して、腎機能が低下して透析療法が必要になる最大の原因が糖尿病であることを身をもって学びました。糖尿病性腎症では進行とともに心血管イベントの危険が高まり、生命予後と生活の質を決定付けます。このような事実から、糖尿病性腎症の研究は重要であり、私自身も研究対象にしたいと考えるようになりました。

 糖尿病性腎症の研究をご指導いただいた宇都宮一典先生は、本学の理念である「病気を診ずして病人を診よ」を体現される臨床医であり、また、糖尿病血管合併症とRho-kinase(ROCK)シグナルの意義に初めて着目した医学研究者です。当時、先生のお人柄に魅了され、多くの医師が集っていました。幸い、私も先生の研究班に加えていただき、現福岡大学主任教授である川浪大治先生と共に、研究に取り組む機会に恵まれました。先の見えない暗闇を一歩一歩進む感覚は当初不安でしたが、いざ研究を続けてみると、これが非常に楽しい事だと気付きました。膨大な実験作業も次第に苦ではなくなり、早朝から夜中まで実験を続けても、夜中に仕込んで帰った実験の結果が気になり翌朝実験室に戻るという生活が続きました。良き師から研究の楽しさを学べたことは、一生の財産になりました。

 その後、縁あって留学した米国では日々苦労の連続であり、生活のセットアップから研究の開始まで、日本では考えられないような煩雑な手続きと時間を要しました。研究が波に乗るまでは悶々とする日々でしたが、厳しくも充実し、世界の誰も知ることのない自然界の真理を解き明かすという、基礎研究の醍醐味を味わいました。指導を受けたMukesh K. Jain先生は、Harvard大学のPeter Libby先生の下で研鑽を積んだ気鋭の研究者でした。Jain先生の研究室で学んだことは、実験で見出した基礎となる所見を踏み固めた上で、論理的に実験を進め、得られた結果を素直な視点で見て次へ進むという手法です。この考え方は、帰国後に開始した研究の基礎にもなりました。留学を通して国際的な感覚を養うと同時に、良い恩師や仲間を国外にも持てたことも大きな財産となりました。

 独創的なアイデアを着想するには、論文を読むだけでは難しく、うかつに模倣すると底が浅い研究にもなりかねません。現時点で脚光を浴びている研究分野は、数年以内に発展が終わる可能性があるからです。私自身は、時流に乗った研究だけではなく、自然に対する畏怖の念を感じられるような、やりがいのあるテーマに継続して取り組むことで、研究は楽しく、魅力あるものになると信じています。自然が創り出した精巧な仕組みは美しく、実験結果を眺め、生物が太古の時代からこのシステムを使って生きてきたという事実に直面すると、大きな感銘を覚えます。興味深いことは飽きることがなく、ハードワークも気になりません。極端な話、生物学の研究は、これまで誰も見向きもしなかった稀な生物や細胞を選び、それを詳しく解析することでも独創性は発揮されます。しかし、臨床上の疑問や医学事象の本質を自らが納得するまで追求することが医学研究者の本望であり、一生を賭ける意味のある事であると考えています。

 現主任教授の西村理明先生や、共に努力を続けてくれている大学院生たち、これまで出会った多くの恩師や仲間の理解がなければ、どこかで研究は頓挫していたと思います。誰とどのような環境で研究をするかは大切で、これから研究の道を歩みだす方には、人との出会いを大切にしていただきたいと思います。また、医学研究に携わる上で、自分の課題を持ちながらも、専門にとらわれない幅広い興味と好奇心を持ち、柔軟な思考と忍耐を武器として日々粘り強く進んで下さい。後進が成長し、本学会から次代を担う医学研究者が育つことをこれからも全力で応援していきます。

略歴

2003年 東京慈恵会医科大学医学部卒業
2005年 東京慈恵会医科大学内科学講座糖尿病・代謝・内分泌内科助教
2014年 米国Case Western Reserve大学医学部博士研究員
2017年 東京慈恵会医科大学内科学講座糖尿病・代謝・内分泌内科講師
2023年 東京慈恵会医科大学内科学講座糖尿病・代謝・内分泌内科准教授

受賞歴

2013年 日本適応医学会最優秀演題賞
2014年 東京慈恵会医科大学医師会研究奨励賞
2019年 東京慈恵会医科大学附属病院臨床研修医が選ぶ教育的指導医
2019年 東京都医師会医学研究奨励賞
2019年 日本医師会医学研究奨励賞
2020年 MSD生命科学財団万有医学奨励賞
2022年 日本糖尿病合併症学会Young Investigator Award
2023年 日本内分泌学会研究奨励賞

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