日本内分泌学会

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教育・研究

研究奨励賞受賞者によるこれまでの研究の紹介と将来への展望

最終更新日:2023年8月29日

2023年度(令和5年度)日本内分泌学会研究奨励賞は 5名の先生方が受賞されました。
これまでのキャリアや若手の先生方へのメッセージをご寄稿下さいましたのでご紹介いたします。
皆様のロールモデルとしてぜひご参考になさってください!

宇都宮 朱里
(広島市立北部医療センター安佐市民病院/広島大学大学院医系科学研究科遺伝医学/広島大学大学院医系科学研究科小児科学)
Na値異常を呈する稀少性内分泌疾患における新規病因と病態の解明
 
奥野 陽亮
(大阪大学大学院医学系研究科 内分泌・代謝内科学)
酸化ストレス/コルチゾールによる正所性・異所性脂肪蓄積とBMAH原因遺伝子ARMC5の分子制御機構に関する研究
 
小林 朋子
(名古屋大学 医学部附属病院 糖尿病・内分泌内科)
免疫チェックポイント阻害薬による内分泌障害の臨床的特徴及び発症予測マーカーの検討
笹子 敬洋
(東京大学大学院医学系研究科 糖尿病・代謝内科)
インスリン作用の解明と糖尿病治療の確立に向けた研究
的場 圭一郎
(東京慈恵会医科大学 内科学講座 糖尿病・代謝・内分泌内科)
腎糸球体硬化を制御するROCKシグナルの機能解明と糖尿病性腎症治療薬シーズの探索

宇都宮 朱里(広島市立北部医療センター安佐市民病院/広島大学大学院医系科学研究科遺伝医学/広島大学大学院医系科学研究科小児科学)

受賞タイトル:
Na値異常を呈する稀少性内分泌疾患における新規病因と病態の解明

 この度は、研究奨励賞という栄えある賞にご選出いただき、誠にありがとうございます。大変身に余る機会と感じておりますと同時に、この重みを感じ、研究の発展と臨床への貢献を目標に、気持ちを新たにしているところでございます。

 本稿では、若手の方々への言葉として、私の研究紹介と経験を通じて考えている、伝えたいメッセージについてお示しさせていただければと思います。これまで振り返ると、自分の探究心をもとに続けていましたが、一人でできたことはわずかばかりで、常に周囲の方、各分野のご専門の先生にご協力いただいた結果であると考えており、皆様に深謝申し上げます。

 まず私の背景は、小児科医ですが、研修医の時に先天性副腎皮質過形成症の患者さんとの出会いがあり、医師2年目には小児内分泌分野を専門にしたいと考える様になりました。そんな中、医師5年目に、本態性高ナトリウム血症の女児の方と出会いました。ナトリウム代謝は苦手意識がありましたが、受診された際にNa170mEq/l台の高値にもかかわらず、一見、普通に過ごされておられ、この状態がなぜ起こっているのか?ということが大変印象に残り、その後の研究テーマに繋がりました。

 『なぜ?』に対して、当時の教科書にも答えとなる記述が少なく、対症的治療をしながらも、なぜ?の想いが解消されないままでした。その後、大学院に進学し、大学でも患者さんの経過をフォローさせていただく機会を得ました。数年経ち、症例に類似した論文報告があることを先輩である原圭一先生に教えていただきました。それが、当時基礎生物学研究所におられた野田昌晴教授(現、東工大特任教授)、檜山武史(現、鳥取大学教授)先生の論文で、1)神経節腫瘍合併の本態性高ナトリウム血症女児例でNax抗体陽性を認めた報告でした。本疾患に初めて自己免疫機序が報告されたブレイクスルーとなった論文であり、その後すぐに抗体解析をご依頼しました。ただ、患者血清では予想していたNax抗体は陰性であり、一方、マウスの脳弓下器官への抗体反応が認められたとの結果をいただき、報告いたしました。2)脳弓下器官は、脳室周囲器官の一部であり、血液脳関門を免れている特殊な部位であり、血液中のナトリウム、サイトカイン等からのシグナルを感知している部位になります。同部位への抗体反応があるとのことで、病態の答えが納得できたことに興奮しましたが、では、その抗原分子が何であるか?という別の問いが次に生じてきました。

 野田教授から、同様の患者群がいるであろうことを伺い、2017年から『視床下部下垂体領域に器質病変を持たない本態性高ナトリウム血症の抗体解析』として疫学調査を開始しました。この調査では小児内分泌学会の会員を対象として、国内の先生方から多くの患者様の血清、臨床情報をお送りいただきました。私自身、マウス実験の経験は皆無でしたが、檜山先生からマウスの脳切片作成法をご指導いただき自分で解析を行うことができる様になりました。そのため、海外からもメールで解析依頼の連絡が来る様になり、患者群が予想よりも多く、主治医先生が治療方針に悩まれていることも肌で感じました。ただ、小児科医ですので、マウスをサクリファイスすることは忍びなく、新たな知見のためにと覚悟したものの、心で念仏を唱えながら実験をした日々でした。その後も解析依頼が増える中、より簡便な検査ができないかと考え始めるようになりました。

 そこで、プロテインアレイ解析の第一人者の五島直樹先生(当時、産総研)がおられることを、先輩の岡田賢先生(現、広島大学小児科教授)にお伺いし、やりとりをさせていただくことができました。陽性検体から一つの抗原分子(ZSCAN1)が得られた際には、本当に嬉しく思い、これまでの過程に自信を得ることができました。抗原は細胞外のものを想定していましたが、そうではなく核内にあり、転写因子であること、腫瘍免疫とも関連する分子であることも、これまでの予想を良い意味で裏切る結果であり、今後の研究で明らかにできればと考えています。研究は、常に新しい事実を教えてくれる解決法であり、期待を覆す真実を教えてくれることに面白さがあると感じます。

 今回の結果が得るまでは、長い試行錯誤の日々で、大学院のテーマは別でしたので、思う様にいかない葛藤もありました。時間はかかりましたが、なぜ?の問いから自分で考え、始めた研究を継続できたことは自負しております。継続こそ、自分の貴重なキャリアとなっていると感じます。

 若い先生へ。常に、新しいものを創る(つくる)意識で、様々な挑戦をしていただき、これだ!と思うものに出会ったなら、それを自分自身で掴んで、諦めることなく、その道を邁進していただきたいと思います。そうすれば、その先には、必ず、唯一無二の道が作られているはずだからです。皆様の輝かしいご活躍を祈念してメッセージとさせていただきます。

文献
1:Hiyama TY, Matsuda S, et al. Autoimmunity to the sodium-level sensor in the brain causes essential hypernatremia. Neuron. 2010 May 27;66(4):508-22.
2:Hiyama TY, Utsunomiya AN, et al. Adipsic hypernatremia without hypothalamic lesions accompanied by autoantibodies to subfornical organ. Brain Pathol. 2017 May;27(3):323-331.

略歴

2002年 広島大学医学部医学科卒業
2008年 広島大学病院小児科医科診療医
2014年 University of California, Los Angeles, Department of Pediatrics, Division of Pediatric Endocrinology, Research fellow
2015年 広島大学病院 小児科クリニカルスタッフ
2020年 広島大学大学院医歯薬学総合研究科 博士号(医学)取得
2020年 県立広島病院小児科部長
2022年4月から現在 広島大学大学院医系科学研究科遺伝医学 客員教授
2022年10月から現在 広島市立北部医療センター安佐市民病院小児科部長
2023年4月から現在 同、がんゲノム診療科部長兼任
 


奥野 陽亮(大阪大学大学院医学系研究科 内分泌・代謝内科学)

受賞タイトル:
酸化ストレス/コルチゾールによる正所性・異所性脂肪蓄積とBMAH原因遺伝子ARMC5の分子制御機構に関する研究

 この度は、「酸化ストレス/コルチゾールによる正所性・異所性脂肪蓄積とBMAH原因遺伝子ARMC5の分子制御機構に関する研究」に関し、大変栄誉ある日本内分泌学会研究奨励賞に選出いただきまして、誠にありがとうございました。大変僭越ではありますが、私のこれまでの研究活動を紹介させて頂き、少しでも後進のお役に立てればと思います。

 私は、小学生の時から研究には興味がありましたが、あまり生物には興味が無く、学生時代は、宇宙、素粒子、相対性理論、絶対零度などの物理学の方に興味があり、ブルーバックスなどを読み漁っていました。結局は医学部に進学したのですが、今から考えてみると、大掛かりな観測設備などを必ずしも必要しない医学生命科学で良かったのかなと思ってはいます。

 医学部時代には、アディポネクチンの講義に非常に興味を持ち、学部卒業後は、当時、病理病態学講座の教授であった下村伊一郎先生の研究室の門を叩きました。しかし、アディポネクチンのテーマは与えられず、当時in vitroで同定されたいくつかの因子のノックアウトマウスの作出及び解析を行っていたのですが、結局のところあまり芳しい表現型は得られませんでした。ノックアウトマウスは確かに非常に強力なツールで、当たればインパクトのある雑誌にも乗りやすいです。しかし、どの遺伝子をノックアウトするかに関しては、in vitroの結果を元にするしかありませんので、大学院卒業後は、何か新しい因子をスクリーニングしたいと強く思い、研究室を変えることを検討しました。

 脂肪細胞学の分野は思い入れが出来ていましたので、他の分野へ移動することは考えていませんでしたが、生物学全般に共通する基礎的な分野であれば、脂肪細胞学へも応用できるだろうと考えました。その一つが、転写因子学でした。当時、加藤茂明先生の研究室では、Affinity-capture MSを駆使し、転写に関連する新しい分子機能を次々と見出しており、門を叩いたところ、ありがたいことに研究員として採用して頂けました。加藤研には5年間在籍し、Affinity-capture MSの手法も教えて頂けたのですが、実験は難しいもので、結局はAffinity-capture MSを用いたデータは論文化できず、ノックアウトマウスの解析が論文の形になりました。

 この時点で10年が経過しており、あまり論文業績もありませんでしたので、中々基礎研究で食べていくのは難しいように感じていました。ですので、内分泌・代謝内科学の教授になられていた下村先生の教室に帰局させて頂き、一から病棟業務を学ばせていくこととなりました。慣れない病棟業務はかなり大変でしたが、僅かに空いている時間で基礎研究も行っても良いとのことで、少しずつ実験を行っていました。すると、不思議なことに、研究ばかりしていた時は中々データが出なかったにも関わらず、駄目元で実験していたこの時の方がデータがどんどん出てきました。当時は、脂肪細胞特異的酸化ストレス除去マウスの解析を行っていたのですが、皮下脂肪が増加する一方、腸間膜脂肪が減少するという、あまり見たことのないデータも取れました。インスリン抵抗性を評価する際、ITTを動物舎で行うのですが、その間に病棟からPHSがかかってきて、泣く泣く中断したりしましたが、インスリン抵抗性もきれいに改善し、Diabetes誌に報告出来ました(Okuno Y et al., Diabetes. 2018)。

 また、大学院生から思い描いていたスクリーニングに対する思いはずっと残っており、加藤研で習得したAffinity-capture MSを行いました。たまたまSREBPに縁があり、Affinity-capture MSを行った所、BMAHの原因遺伝子であるARMC5を取得しました。Affinity-capture MSは、朝から晩までの工程が2日間連続で必要なのですが、当時病棟をやっていた関係でどうしてもその時間が取れず、やむを得ず夏休みとして病棟業務を休ませて頂いたりしたのは良い思い出です。

 ARMC5を同定したのは2019年頃とまだ最近の話ですが、恐らくこれが私の研究人生のターニングポイントである感覚があります。ARMC5はSREBPのN末端と強力に相互作用し、また、細胞質に局在することから全長型SREBPを分解する一方、核内型SREBPには作用しないことが分かりました。また、ステロイド合成は細胞内コレステロールを消費することから、副腎皮質のSREBPは恒常的に活性化されており、その経路にARMC5が作用し、BMAHの発症に寄与することも分かりました(Okuno Y et al., JCI Insight. 2022)。

 更に、長年の夢であった、自分でスクリーニングした因子をノックアウトするということが叶い、脂肪細胞特異的ARMC5欠損マウスを作出しました。大学院生にテーマとして与えましたが、in vitroで同定した機能がノックアウトマウスレベルで再現できない可能性も当然あり、不安ではありました。しかし、それは杞憂であり、脂肪細胞の唯一のSREBP1標的遺伝子と言えるSCDの発現が1/10程度に減少し、実際に飽和脂肪酸が増加、不飽和脂肪酸が減少するという表現型が得られました。現在は、何故、全長型SREBPの分解がSREBPの活性化につながるのか、また、脂肪組織や副腎皮質以外のARMC5の機能、また、SREBP以外をbaitとしたAffinity-capture MSなどを行っています。

 研究歴が長くなってくると、若い先生方に伝えたいことは色々出てきますが、中々このような公的な場では言えないことも多いものです。ですので、上の先生方との普段の会話や、お酒の入った飲み会などで色々聞いてみるのは大事かもしれません。また、研究に限った話ではないでしょうが、うまく行く時とうまく行かない時が必ず来ます。他の人のやり方は参考にするのは良いですが、比較はしない方が良いと思います。生命科学において、ある研究者が成功しているのかというのは、論文業績だけでは一概には言えず、実際はかなりの長い年月を必要とするものです。私個人としては、自分の手で実験でき、仮説を立てて検証できる環境にあることに満足していますし、まずはそれで十分かなと思ってはいます。もちろん、そのような環境を準備して下さった下村教授には感謝しております。また、内分泌学や糖尿病学に興味を持って下さる方々が大勢いらっしゃるということは、実は非常に恵まれたことですので、このことに関しても感謝しております。

略歴

2003年 大阪大学医学部医学科卒業
2003-2008年 大阪大学大学院医学系研究科 病理病態学 博士課程
2008-2012年 東京大学分子細胞生物学研究所 特任研究員
2013-2014年 大阪大学医学部附属病院 医員
2014-2016年 大阪大学大学院医学系研究科 内分泌・代謝内科学 特任研究員
2016年-2020年 同 助教
2020年-現在 同 医学部講師
 



小林 朋子(名古屋大学 医学部附属病院 糖尿病・内分泌内科)

受賞タイトル:
免疫チェックポイント阻害薬による内分泌障害の臨床的特徴及び発症予測マーカーの検討

 この度、第96回日本内分泌学会学術集会において日本内分泌学会研究奨励賞を受賞させていただき、誠にありがとうございました。内分泌学会会員の皆様、研究をご指導いただきました先生方に厚く御礼申し上げます。

 今回受賞いたしましたテーマは「免疫チェックポイント阻害薬による内分泌障害の臨床的特徴及び発症予測マーカーの検討」です。名古屋大学医学部附属病院では、本邦で免疫チェックポイント阻害薬(ICI)が発売開始となった直後の2015年11月より、ICIを使用するすべての症例を対象とした内分泌irAEs(免疫関連有害事象)についての前向き観察研究を開始しました。私はちょうど2015年10月に大学に帰局し、大学院生として研究を開始したときから本プロジェクトに取り組んでいます。その後のがん治療におけるICIの台頭は周知の通りでありますが、この状況を見越して研究を立ち上げてくださった有馬寛教授、岩間信太郎先生にはただただ敬服するばかりです。当初は臨床研究チームの大学院生は私のみで細々とやっておりましたが、今や1300例を超えるコホートをフォローするようになり、多くの先生方にご協力いただきながら日々研究を行っております。

 このレジストリ研究の成果として、甲状腺自己抗体(ATA)が抗PD-1抗体による破壊性甲状腺炎のリスク因子になること(Kobayashi T et al., J Endocr Soc 2018)、抗CTLA-4抗体と抗PD-1抗体の併用療法では甲状腺障害の発症率が単独療法より高くなること、そこでもATAが甲状腺障害の発症を予測する指標となること(Iwama S*, Kobayashi T* et al., J Clin Endocrinol Metab. 2022 *contributed equally)、抗PD-L1抗体による甲状腺障害では投与前の血清TSH値高値、抗サイログロブリン抗体陽性、チロシンキナーゼ阻害薬又はラムシルマブの投与歴がリスク因子となることを報告いたしました(Kobayashi T et al., J Clin Endocrinol Metab 2022)。また、ICIsによる下垂体障害は既報の後ろ向き研究よりはるかに高い頻度で認められること、2つの異なる病態(腫大を伴う複合型下垂体機能低下症とACTH単独欠損症)を呈し得ること、そして特筆すべきことに下垂体障害発症者は非発症者に比し生命予後が有意に延長すること(Kobayashi T et al., J Immunother Cancer 2020)、さらに抗下垂体抗体が下垂体障害のリスク因子になることを報告させていただきました(Kobayashi T et al., J Immunother Cancer 2021)。

 本研究の一部の結果は光栄なことに日本内分泌学会「免疫チェックポイント阻害剤使用時の内分泌障害のガイドライン」にも引用いただきました。このように臨床研究の醍醐味は自分が実臨床で疑問に思うことを検証でき、さらにその結果をまた日々の臨床に還元できる点にあると思います。また、私の所属する研究グループでは、臨床研究と基礎研究の両面から内分泌irAEsの機序解明を目指しています。今後下垂体障害のリスクマーカーとして同定された自己抗体を手掛かりとして自己抗原を同定できれば、下垂体に対する自己免疫発症機構の解明のみならず、他臓器のirAEsの病態解明にも展開できるのではと夢見ております。皆様が少しでも本研究に興味をもってくだされば幸いです。

 私自身について振り返りますと、私には現在中学生3年生の息子がおりますが、大学院進学を決めた時はまだ子どもが保育園に通っていた頃でした。当時の私のように、育児など家庭の事情で大学院進学を不安に思っている先生方も中にはいらっしゃるかと思います。家族のサポート体制など環境はひとそれぞれですので一概には言えませんが、育児と研究の両立はやはり多くの困難を伴います。職場でも家庭でも肩身の狭い思いをすることは多々あるかと思います。しかしながら、それぞれの役割において価値があると信じ、サポートしてくれている周囲への感謝を忘れず研究をすることができれば、素晴らしい成果を出すことも可能であると思います。若手の皆様がこのメッセージから少しでも励みや希望を感じてくだされば幸いです。

 最後になりましたが、いつもきめ細やかな心遣いでサポートして下さる有馬先生、岩間先生、そして、これまで私を支えて下さった多くの先生方に心から感謝いたします。今後ともご指導ご鞭撻の程よろしくお願い申し上げます。

経歴

平成22年3月 名古屋大学医学部医学科 卒業
平成22年4月 名古屋第二赤十字病院 初期研修
平成24年4月 同 糖尿病・内分泌内科
平成27年4月 名古屋大学大学院医学系研究科 入学
平成31年3月 同 博士課程修了
現在      名古屋大学医学部附属病院 糖尿病・内分泌内科 病院助教
 



笹子 敬洋(東京大学大学院医学系研究科 糖尿病・代謝内科)

受賞タイトル:
インスリン作用の解明と糖尿病治療の確立に向けた研究

 この度は歴史ある日本内分泌学会研究奨励賞をいただき、大変光栄に存じます。私は先代の教授である門脇孝先生のもとで、戸邉一之先生、植木浩二郎先生、窪田直人先生のグループで研究に従事し、現在の教授である山内敏正先生のもとでもこれを継続してきました。

 基礎研究においてはインスリンの多面的な作用の解明に、主にモデルマウスを用いながら取り組みました。肝臓では摂食時にインスリンが蛋白合成を促進するのみならず、小胞体ストレスに対する応答も誘導する一方、肥満・糖尿病の病態では、インスリン作用の低下が小胞体ストレスに対する応答不全につながり、病態の増悪に寄与することを見出しました。更にヒト肝生検検体の解析から、2型糖尿病に合併した非アルコール性脂肪性肝炎の進展に、確かに小胞体ストレス応答不全が寄与していることも分かり(Nat Commun 2019)、内分泌の領域では基礎研究と臨床の距離が非常に近いことを、強く感じさせられました。

 肝臓と共に糖新生を担う組織としては腎臓の近位尿細管が挙げられますが、その詳細な制御機構の解明にも取り組み、インスリンと共に糖の再吸収も、糖新生を抑制することを明らかにしました(Diabetes 2017)。最も印象に残っている実験結果は、ストレプトゾトシン投与マウスでその律速酵素の発現を見たもので、肝臓では上昇した一方、主に近位尿細管から成る腎皮質では予想と正反対に低下するというものでした。このマウスではインスリン作用の低下が糖新生を亢進させる一方、高血糖に伴う糖の再吸収の増加はこれを抑制する方向に作用しますが、肝臓では前者が勝る一方、近位尿細管では後者が勝るものと解釈できました。私はそれまで、代謝は結局インスリンで決まるものと思い込んでいましたが、組織や条件に依ってはインスリン(ホルモン)がグルコース(栄養素)に「負ける」こともある、と気づかされました。

 肝臓・腎臓に加えて、骨格筋も重要なインスリン標的臓器ですが、そのインスリン抵抗性モデルである骨格筋特異的Akt1/2二重欠損マウスは、サルコペニアに加えて骨量減少と寿命短縮を呈しました。Tsc2も含めた三重欠損マウスやFoxO1/4も含めた四重欠損マウスの解析から、Aktの下流としてはFoxO経路が重要であることが分かりました。またこの二重欠損マウスの寿命は、カロリー制限下や高脂肪食負荷下でも短縮していた一方、メスでの短縮は見られませんでした(Nat Commun 2022)。インスリン/IGF-1シグナルの低下は、下等生物では老化を抑制するのが定説ですが、哺乳動物の筋肉では正反対にこれを加速させるのは大変興味深く、その機序を明らかにしていきたく考えております。またこの研究から、ホルモンは個体寿命すら左右する、それだけ重要なものであることを再認識できたように思います。

 この観点からはアディポネクチンも忘れてはなりません。私たちは最近、老化関連疾患である大動脈弁狭窄症が進行した、若年の脂肪萎縮症の一例を経験しました。この方は老化が進みやすい遺伝的背景があり、加えて低アディポネクチン血症と長年のレプチン補充療法に伴うアディポカインの不均衡により、炎症が進みやすかったことが相まったためと解釈できました(J Diabetes Investig 2022)。この方からは、1つの内分泌組織の機能はどのように補えばいいのか、例えば1つのホルモンだけ補充すれば十分なのか、といった根本的な問いを投げ掛けられたように感じております。

 一方で臨床研究においては、各種ガイドラインにも影響を及ぼすような臨床試験に長年携わることができました。J-DOIT3は2型糖尿病の合併症抑制を目指し、厚生労働省の戦略研究として開始となった介入試験で、より厳格な目標に向けた多因子介入が大血管症を中心とした血管合併症に及ぼす効果について、報告することができました(Lancet Diabetes Endocrinol 2017)。また安全性の観点から骨折のサブ解析を行ない、2型糖尿病に伴う骨折の危険因子の同定も行なったほか(J Clin Endocrinol Metab 2021)、同様の臨床試験に関する考察やレビューをまとめる機会もいただきました(Lancet Diabetes Endocrinol 2019;Diabetes Metab J 2023)。

 このように症例報告と基礎研究、或いは基礎研究と臨床研究とが、老化や骨粗鬆症といったキーワードでお互いに結びついており、インスリン・糖尿病を切り口に多面的なアプローチの研究に取り組むことで、内分泌・ホルモンにとって深く考える機会に恵まれたことが、自分にとって大変ありがたいことでした。

 最後に本学会の中堅・若手の会(YEC)について、これも総会でもお話ししたことですが、私はサマーセミナーでの研究発表や世話人など、貴重な経験を多くすることができました。この会がますます発展し、引き続き学会の若手の皆さんに多くの機会と出会いを提供していって欲しい、そのように願っております。

略歴

2003年 東京大学医学部医学科卒業 / 2009年 東京大学大学院医学系研究科卒業, 東京大学保健・健康推進本部助教 / 2011年 東京大学システム疾患生命科学による先端医療技術開発(TSBMI)特任助教 / 2019年 東京大学医学部附属病院糖尿病・代謝内科助教 / 2023年 Visiting Scientist, Lady Davis Institute for Medical Research, Jewish General Hospital, McGill University
日本内科学会総会・講演会サテライトシンポジウム「医学生・研修医の内科学サミット2014」指導教官賞 / 内科学会奨励賞 / 東京都医師会医学研究賞奨励賞 / 日本糖尿病学会リリー賞 / 日本内分泌学会YEC世話人
 



的場 圭一郎(東京慈恵会医科大学 内科学講座 糖尿病・代謝・内分泌内科)

受賞タイトル:
腎糸球体硬化を制御するROCKシグナルの機能解明と糖尿病性腎症治療薬シーズの探索

 この度、栄誉ある日本内分泌学会研究奨励賞を授与頂き、大変光栄に存じます。本受賞は、これまでご支援をいただき、導いて下さった皆様のお陰であり、心より感謝申し上げます。

 私が糖尿病性腎症に興味を抱いたのは、東京慈恵会医科大学附属病院研修医の時でした。当時の主任教授は田嶼尚子先生で、先生は疫学研究者であると同時に真の臨床家でした。内科医の基本であるところの、患者の訴えに傾聴し、丁寧な診察と説明を終始実践される先生からは、一例一例を大切にする臨床医学の基本を教えていただきました。また、日々の臨床を通して、腎機能が低下して透析療法が必要になる最大の原因が糖尿病であることを身をもって学びました。糖尿病性腎症では進行とともに心血管イベントの危険が高まり、生命予後と生活の質を決定付けます。このような事実から、糖尿病性腎症の研究は重要であり、私自身も研究対象にしたいと考えるようになりました。

 糖尿病性腎症の研究をご指導いただいた宇都宮一典先生は、本学の理念である「病気を診ずして病人を診よ」を体現される臨床医であり、また、糖尿病血管合併症とRho-kinase(ROCK)シグナルの意義に初めて着目した医学研究者です。当時、先生のお人柄に魅了され、多くの医師が集っていました。幸い、私も先生の研究班に加えていただき、現福岡大学主任教授である川浪大治先生と共に、研究に取り組む機会に恵まれました。先の見えない暗闇を一歩一歩進む感覚は当初不安でしたが、いざ研究を続けてみると、これが非常に楽しい事だと気付きました。膨大な実験作業も次第に苦ではなくなり、早朝から夜中まで実験を続けても、夜中に仕込んで帰った実験の結果が気になり翌朝実験室に戻るという生活が続きました。良き師から研究の楽しさを学べたことは、一生の財産になりました。

 その後、縁あって留学した米国では日々苦労の連続であり、生活のセットアップから研究の開始まで、日本では考えられないような煩雑な手続きと時間を要しました。研究が波に乗るまでは悶々とする日々でしたが、厳しくも充実し、世界の誰も知ることのない自然界の真理を解き明かすという、基礎研究の醍醐味を味わいました。指導を受けたMukesh K. Jain先生は、Harvard大学のPeter Libby先生の下で研鑽を積んだ気鋭の研究者でした。Jain先生の研究室で学んだことは、実験で見出した基礎となる所見を踏み固めた上で、論理的に実験を進め、得られた結果を素直な視点で見て次へ進むという手法です。この考え方は、帰国後に開始した研究の基礎にもなりました。留学を通して国際的な感覚を養うと同時に、良い恩師や仲間を国外にも持てたことも大きな財産となりました。

 独創的なアイデアを着想するには、論文を読むだけでは難しく、うかつに模倣すると底が浅い研究にもなりかねません。現時点で脚光を浴びている研究分野は、数年以内に発展が終わる可能性があるからです。私自身は、時流に乗った研究だけではなく、自然に対する畏怖の念を感じられるような、やりがいのあるテーマに継続して取り組むことで、研究は楽しく、魅力あるものになると信じています。自然が創り出した精巧な仕組みは美しく、実験結果を眺め、生物が太古の時代からこのシステムを使って生きてきたという事実に直面すると、大きな感銘を覚えます。興味深いことは飽きることがなく、ハードワークも気になりません。極端な話、生物学の研究は、これまで誰も見向きもしなかった稀な生物や細胞を選び、それを詳しく解析することでも独創性は発揮されます。しかし、臨床上の疑問や医学事象の本質を自らが納得するまで追求することが医学研究者の本望であり、一生を賭ける意味のある事であると考えています。

 現主任教授の西村理明先生や、共に努力を続けてくれている大学院生たち、これまで出会った多くの恩師や仲間の理解がなければ、どこかで研究は頓挫していたと思います。誰とどのような環境で研究をするかは大切で、これから研究の道を歩みだす方には、人との出会いを大切にしていただきたいと思います。また、医学研究に携わる上で、自分の課題を持ちながらも、専門にとらわれない幅広い興味と好奇心を持ち、柔軟な思考と忍耐を武器として日々粘り強く進んで下さい。後進が成長し、本学会から次代を担う医学研究者が育つことをこれからも全力で応援していきます。

略歴

2003年 東京慈恵会医科大学医学部卒業
2005年 東京慈恵会医科大学内科学講座糖尿病・代謝・内分泌内科助教
2014年 米国Case Western Reserve大学医学部博士研究員
2017年 東京慈恵会医科大学内科学講座糖尿病・代謝・内分泌内科講師
2023年 東京慈恵会医科大学内科学講座糖尿病・代謝・内分泌内科准教授

受賞歴

2013年 日本適応医学会最優秀演題賞
2014年 東京慈恵会医科大学医師会研究奨励賞
2019年 東京慈恵会医科大学附属病院臨床研修医が選ぶ教育的指導医
2019年 東京都医師会医学研究奨励賞
2019年 日本医師会医学研究奨励賞
2020年 MSD生命科学財団万有医学奨励賞
2022年 日本糖尿病合併症学会Young Investigator Award
2023年 日本内分泌学会研究奨励賞


2019年度(令和元年度)日本内分泌学会研究奨励賞は 5名の先生方が受賞されました。
これまでのキャリアや若手の先生方へのメッセージをご寄稿下さいましたのでご紹介いたします。
皆様のロールモデルとしてぜひご参考になさってください!

稲葉 秀文(和歌山県立医科大学 内科学第一講座)
自己免疫に関連する甲状腺疾患の総合的研究
 
佐藤 貴弘(久留米大学 分子生命科学研究所)
低栄養環境下におけるエネルギー保持機構の解明
 
白川 純(横浜市立大学 内分泌・糖尿病内科)
グルコースシグナルを介した膵β細胞機能調節機構の解明
田中 都(名古屋大学 環境医学研究所 分子代謝医学分野)
細胞間クロストーク・臓器間ネットワークに着目した肥満・糖尿病の病態解明
 

古屋 文彦(山梨大学 総合研究部 医学域 内科学講座第 3 教室)
アンギオポエチン様因子 2 の増加は糖尿病性腎症悪化の誘因となる


稲葉 秀文(和歌山県立医科大学 内科学第一講座)
受賞タイトル:自己免疫に関連する甲状腺疾患の総合的研究

 この度は、第92回日本内分泌学会学術集会において研究奨励賞に御選出いただき、誠にありがとうございました。大変光栄に存じております。受賞にあたり、多くの内分泌学会員の皆様に御指導・御協力をいただき、心より御礼申し上げます。
 また、和歌山県立医科大学内科学第一講座 赤水尚史教授、松岡孝昭教授をはじめ、医局の先生方、共同研究を行っていただいた先生方に深く感謝いたします。

 今回受賞いたしましたテーマは、「自己免疫に関連する甲状腺疾患の総合的研究」です。その内容は、自己免疫に関連する甲状腺疾患(バセドウ病・橋本病・免疫チェックポイント阻害剤:ICIによる甲状腺障害・IgG4関連甲状腺疾患)における病態・発症機序に関する総合的な研究です。

 私は1999年に信州大学医学部を卒業後、信州大学医学部付属病院老年科(内分泌代謝内科)に入局して、橋爪潔志教授、駒津光久教授、鈴木悟先生(現福島県立医科大学教授)、武田貞二先生の御指導のもと、甲状腺に関する研究を開始しました。バセドウ病・橋本病の他に、甲状腺ホルモン輸送蛋白や甲状腺癌の研究等を行ったことが、後に役に立ちました。(Eur J Endocrinol 2003, JCEM 2003, Cancer Gene Ther 2003)。
 最初は大腸菌におけるプラスミドの形質導入や蛋白精製から始まり、アデノウイルスの大量精製、細胞培養実験やマウスを用いた実験のお手伝いをしていました。当時は臨床業務が終わり夕方から明け方まで研究を行うことが日常的でした。あまり土日の休みもなかったため、学会出張の際には余裕がありむしろ睡眠時間が多かったように思います。当時大学院生は無給で大学病院勤務をしていましたので、生活も楽ではありませんでした。

 実験においては現在とは異なりディスポ製品があまりない時代でしたので、フラスコ、ガラスピペット、パスツールピペットを水洗いしてオートクレーブする当番が毎日あり、ゴミ捨て、研究室の掃除も体力的には大変でしたがとても充実した日々であったことを覚えております。また、アッセイキットやプロトコール集があまり市販されていない時代なので、伝聞や自作、試行錯誤を繰り返して苦労しましたが、トラブルシューティングの実力向上に役立ったと思います。もちろん、インターネットによる文献検索やPDFは当初は発達していませんでしたので、図書館通いも重要な仕事でした。
 現在の本邦における研究環境は恵まれており、説明書通りにすれば実験が進むことも多いのですが研究の実力を底上げするためには、例えば試薬の自作や自家作成ELISAの構築などを一つ一つ行うことも大事と思っています。

 その後、ご縁があり、2003-2006年及び2009年に米国シカゴ大学及びブラウン大学(Leslie J De Groot先生)に留学して、それまでの研究の中でも自己免疫性甲状腺疾患(AITD)とHLAの関連について研究を深めました。引き続き、和歌山県立医科大学内科学第一講座 赤水尚史教授のご指導の下で、甲状腺自己免疫に関してさらにレベルの高い研鑚を積みました。まずバセドウ病の研究に関しては、in silico, in vitroおよび臨床研究において、HLA拘束性TSH受容体(TSHR)エピトープを同定しました(JCEM 2006, JCEM 2010, Thyroid 2009)。また、免疫調節作用のある変異TSHRペプチドを開発しました(Endocrinology 2013, Front Endocrinol 2016)。

 近年、悪性腫瘍の画期的治療薬であるICの使用時に、高頻度に甲状腺障害が発症することが明らかとなりました。我々は日本内分泌学会「免疫チェックポイント阻害剤使用時の内分泌障害のガイドライン」作成委員を拝命いたしまして、名古屋大学内分泌内科 有馬寛教授の御指導のもと、ICIによる甲状腺機能障害のガイドラインを起案し刊行されました(Arima H, Iwama S, Inaba H, et al. Endocr J 2019)。その経験を応用し、ICIによる甲状腺障害・内分泌障害の臨床及び基礎的研究を行い、研究成果を発表しました。(Clinical Endocrinol 2019, Cancer Sci 2020)。
 また、IgG4関連甲状腺疾患の研究においては、当教室の竹島健先生、赤水尚史教授とともにIgG4関連甲状腺疾患に関する研究班(厚労科研難治性疾患)に所属、バセドウ病、橋本病、リーデル甲状腺炎の解析を行ない、各疾患における血中IgG4値と病態との関連や臨床病理所見を報告しました(2014 Thyroid, 2015 Endocr J)。
 これらの甲状腺疾患の共通点である自己免疫に着目し幅広く総合的に研究を行なうことは、これからも大変重要であり魅力的であると思っています。

 本研究奨励賞(Endocr J 2019)を励みに、甲状腺自己免疫の病態解明と新規治療法の開発を目標として、より一層研究を推進したいと思います。
 内分泌学会の先生方には引き続き御指導、御鞭撻を宜しく御願い申し上げます。

 最後になりましたが、若手の皆さんにお贈りするメッセージとしましては、これまでの研究成果は臨床と基礎を合わせて幅広く一生懸命に取り組んだ結果であると思っています。さらに専門医取得や臨床手技の習得も大事だと思います。そのような様々な経験を生かしてスケールの大きな研究を行い、力を合わせて内分泌学の進展、内分泌学会の発展に一緒に貢献できればと思っています。

略歴

1999年 信州大学医学部医学科卒業
1999年 信州大学医学部付属病院老年科(内分泌代謝内科)研修医
2003年 米国シカゴ大学医学部内分泌科(Research Associate)
2004年 米国ブラウン大学医学部内分泌科(Research Associate)
2006年 信州大学大学院医学研究科卒業 医学博士
2007年 信州大学医学部付属病院加齢総合診療科(内分泌代謝内科) 助教
2009年 米国ロードアイランド大学分子生物学(Research Associate)
2011年 和歌山県立医科大学医学部内科学第1講座 助教
2017年 和歌山県立医科大学医学部内科学第1講座 講師


主な受賞歴

2006年 第88回アメリカ内分泌学会 甲状腺研究奨励賞
2009年 信州大学医学部研究奨励賞
2011年 第54回日本甲状腺学会 若手研究奨励賞
2017年 第12回アジア・オセアニア甲状腺学会 優秀発表賞
2018年 第61回日本甲状腺学会 コスミック研究創成賞優秀賞


佐藤 貴弘(久留米大学 分子生命科学研究所)
受賞タイトル:低栄養環境下におけるエネルギー保持機構の解明

 このたびは、令和元年度という節目の年にこのような伝統のある賞を授与していただきありがとうございました。故郷で開催された大会での受賞ということもあり、より感慨深く感じております。これまでご指導をいただいた児島将康教授をはじめ、日本内分泌学会の諸先生方、また、常に研究を支援して下さった研究室のみなさまにこの場を借りて御礼申し上げます。

 私が「研究」を意識したのは小学校の中学年頃でした。毎月楽しみにしていた釣り雑誌を買いに行くと、たまたま隣にNewtonという科学雑誌が積んであり、何気なく手に取るとそこにはジャガイモ(potato)とトマト(tomato)を一緒に収穫できる「ポマト(pomato)」の写真が掲載されていました。この不思議な植物は細胞融合という技術で作られたという説明に大変な衝撃を受けるとともに、研究が生み出すものの大きさを意識するきっかけにもなりました。その後も生物学に興味を持ったまま育ち、高校のときに、下垂体という小さな臓器が全身の機能を調節するということを学んでからは、すっかり下垂体の虜になっていきました。

 大学では、下垂体前葉細胞の分化を研究する機会に恵まれました。当時、電子顕微鏡観察では撮影した写真を暗室で現像する作業が必要でしたが、セーフライトの赤い光の下で成長ホルモンとプロラクチンを同一分泌顆粒内に持つ細胞、マンモソマトトロフが浮かび上がった時にはぞくぞくしたことを覚えています(Tissue Cell, 1999; Cell Tissue Res, 2011)。ちょうどその頃、成長ホルモンの放出を促進するグレリンというホルモンが発見されたことを知り、グレリンがマンモソマトトロフの機能調節に必要なのかもしれないと考えるようになりました。学位取得後の就職先を探していた時期だったこともあって公募情報を眺めていたところ、グレリンの発見者である児島教授が久留米大学で博士研究員を募集していることを知り、研究室の門を叩きました。

 久留米大学では、グレリン遺伝子欠損マウスを作出するところからはじめることとなりました。学生時代は分子生物学の再試験組だったので、この仕事をいただいた時には頭が真っ白になりました。しかし、グレリン遺伝子欠損マウスを作製しないことには実験すらできないため、約2年かけて作出することになります。ところが、グレリン遺伝子欠損マウスができたころにはマンモソマトトロフの機能調節に関する研究も十分に蓄積され、グレリンの関与は小さいだろうということがわかってきました。

 このため、作出したグレリン遺伝子欠損マウスを使ってグレリンの生理機能を解析する研究を開始しました。先行研究などからグレリン遺伝子欠損マウスに見られるであろう異常な形質をある程度予想していましたが、実際に産まれてきたマウスはこれらの形質に異常のないマウスでした(Regul Pept, 2008)。研究は予想とは異なる結果が出た時ほどおもしろいなどと聞きますが、任期の迫った当時はそんな余裕もなく青ざめるしかありませんでした。

 このような中でも研究を続けて来られたのは、おそらく成果が出ないことに対して誰よりも耐えて下さったであろう児島教授が、ずっと自分を雇用し続けて下さったことが大きいと感じています。さらに、若手を繋ぐ環境の整った本学会に入会し、同世代の方々に刺激を受けてきたことは継続的な気力の源となりました。こうして多くの方々に支えられながら機能解析を進めていくうちに、低栄養環境下ではグレリンが自律神経機能のリズムを調節してエネルギーを保持するということがわかってきて一連の研究としてまとめることができました(Endocrinology, 2005; Obes Res Clin Practice, 2014; J Phys Fit Sports Med, 2017; Cell Metab, 2018; Endocr J, 2019)。

 振り返ってみると、高校の時に興味を持った内分泌学にこれまでずっと携わって来られたのは幸せだったと思います。この間の研究生活は日々興奮の連続で、新しい発見にわくわくする毎日でした…という状況を夢見て研究生活を送っていましたが、実際には、実験だけではなく論文や研究費の採否次第でも頭が真っ白になったり顔が真っ青になったりの連続で、これこそが自分の日常だったと思います。しかし、毎日が充実していたことには違いなく、無意識のうちに研究者としての歩みを進めて来られたのかなと感じています。

 これから研究の道に進まれる若い先生方も多いと思いますが、どのような研究スタイルが正しいのかは研究者それぞれだと思います。しかし、どんな状況でも歩み続けるということはおそらくすべての研究者にとって必要だと思いますので、ぜひ、「研究を続ける」ということを心の片隅に置きながら研究生活を送っていただければと思います。

 自分自身もこの受賞を励みとして研究を続け、できることなら内分泌学の発展や展開に貢献できればと考えておりますので、今後とも変わらぬご指導とご鞭撻を賜りますようお願い申し上げます。
 

略歴

2002年3月 東北大学大学院 農学研究科・博士課程 修了 / 2002年4月 久留米大学 分子生命科学研究所 遺伝情報研究部門・博士研究員 / 2003年4月 同・助手(現・助教) / 2007年4月 同・講師 / 2010年4月 同・准教授(現在に至る)

受賞歴

日本内分泌学会 研究奨励賞、日本内分泌学会 若手研究奨励賞、日本神経内分泌学会 川上賞、日本神経内分泌学会 若手研究奨励賞



白川 純(横浜市立大学大学院 医学研究科 分子内分泌・糖尿病内科学 講師)
受賞タイトル:グルコースシグナルを介した膵β細胞機能調節機構の解明

 この度は、大変栄誉ある日本内分泌学会研究奨励賞に選出いただきまして、誠にありがとうございます。また、横浜市立大学大学院医学研究科分子内分泌・糖尿病内科学の寺内康夫教授をはじめ、研究をご指導いただきました多くの先生方に心より感謝申し上げます。今回受賞させていただきました膵β細胞におけるグルコースシグナルに関する研究について紹介させていただきます。

 グルコースは、全身の多くの細胞における主要なエネルギー源の1つであり、血糖として血液中を循環しています。グルコキナーゼは、グルコース代謝の初期段階である解糖系の律速段階酵素であり、肝臓においては糖の取り込みに、膵β細胞においてはグルコース応答性のインスリン分泌に、重要な役割を果たしています。すなわち、グルコキナーゼは膵β細胞におけるグルコースシグナルを制御する中心的な因子です。常染色体優性遺伝で発症する若年糖尿病であるMODY(maturity-onset diabetes of the young)2は、グルコキナーゼの機能欠失型変異により引き起こされます。

 現在もご指導いただいている寺内康夫先生(当時東京大学)らは1995年に、膵β細胞特異的エクソンを欠失させた膵β細胞特異的グルコキナーゼ欠損マウスを作成し報告されました(JBC 2015)。寺内先生らは、このマウスを用いて、2007年1月には、高脂肪食などのインスリン抵抗性下においてグルコキナーゼを介したグルコースシグナルがIRS-2を介したインスリンシグナルを活性化し、代償性の膵β細胞増殖を引き起こすことも報告されました(JCI 2007)。私は、東京の市中病院で初期臨床研修医1年目として過ごしていた時に、この論文を読んだことが膵β細胞の研究に取り組むきっかけとなりました。この論文に対する巻頭の総説で、グルコースシグナルが膵β細胞においてインスリンシグナルを活性化する模式図が掲載されており、インスリンを産生する膵β細胞でのインスリンシグナルの制御に興味を持ちました。研修医2年目の2007年5月には、今度は、アメリカのジョスリン糖尿病センターから、インスリン抵抗性下における代償性の膵β細胞増殖には、膵β細胞のインスリン受容体が重要であるという論文が報告されました(PNAS 2007)。この論文に対する巻頭の総説に描かれていた、細胞内のグルコースシグナルとインスリン受容体を介したシグナルとの2つの仮説に関する図を見た時に、この謎を解き明かしたいと思い、翌年には横浜市立大学の寺内先生の大学院に入学していました。この時は、自分自身が、この論文を報告したアメリカのラボに留学をすることになるなど全く想像もつきませんでした。

 大学院入学後は、膵β細胞におけるグルコキナーゼを介したグルコースシグナルが、細胞死や増殖を制御する機序などを中心に様々な研究に携わらせていただきました。大学院を終える頃から、海外の論文ではヒト膵島研究の重要性が唱えられており、ヒト膵島研究を日本でもやりたいと考えました。そこで、アメリカで積極的にヒト膵島研究を推進しているラボを探したところ、上述のジョスリン糖尿病センターのKulkarni先生のラボが候補にあがりました。ライバル関係にある(と勝手に自分で思っていた)ラボに行くのはどうかと思いましたが、寺内先生も快諾していただき、何もつてもないままメールを送り、これまで留学されていた日本人の先生方のご助力もあり、幸運が重なり2014年から渡米しました。留学当初に与えられた課題は、膵β細胞関連ではなく肝臓の非常に難解な解析で、ネガティブデータの山を量産する日々も過ごしていましたが、2年目からヒト膵島研究にも関わることができ、2017年に帰国後も日本においてヒト膵島を用いた研究を進めています。

 膵β細胞におけるグルコースシグナルは、血糖値の上昇、すなわち糖尿病状態において活性化されるシグナルでもあり、その制御と破綻が糖尿病状態下における膵β細胞の病態形成を解明する鍵となる研究であると考えております。これらのグルコースシグナルは、炎症細胞との相互作用、細胞間接着、細胞外基質の制御、神経伝達物質産生など、未知の機構が存在していることも明らかになりつつあり、糖尿病の新規治療法開発にむけた研究へ展開できることを夢見ています。これまで研究を継続できているのは、多くの先生方のご指導や、一緒に研究を行う仲間の存在、そして学外の研究者の先生方との交流があったからです。厚く御礼申し上げます。内分泌研究は、自分の興味深いことは何でもテーマとなり、可能性は無限大です。より多くの内分泌学会の若手の先生方が、自由な発想で飛び込んで来てくれるような独創的な研究を発信していけるよう、一層精進して参ります。引き続きのご指導、ご鞭撻の程、よろしくお願い申し上げます。

経歴

2006年 筑波大学 医学専門学群 卒業
2008年 横浜市立大学 内分泌・糖尿病内科(寺内康夫教授)入局
2009年 日本学術振興会特別研究員DC1
2011年 横浜市立大学 内分泌・糖尿病内科 助教
2014年 ハーバード大学 ジョスリン糖尿病センター リサーチフェロー
(日本学術振興会海外特別研究員、Rohit N. Kulkarni 教授)
2017年 横浜市立大学 内分泌・糖尿病内科 助教
2019年 横浜市立大学 内分泌・糖尿病内科 講師
2020年 群馬大学生体調節研究所 代謝疾患医科学分野 教授



田中 都(名古屋大学 環境医学研究所 分子代謝医学分野)
受賞タイトル:細胞間クロストーク・臓器間ネットワークに着目した肥満・糖尿病の病態解明

 

この度は、歴史ある日本内分泌学会研究奨励賞を受賞することができ、大変光栄に存じます。今回の受賞を励みに、より一層、研究に邁進し、内分泌学の発展に貢献したいと考えております。

 私がヒトの健康に興味を持ったのは、幼少の頃でした。友達のお弁当のウィンナーは赤いのに、自分のお弁当のウィンナーは赤くない。「何で私のお弁当のウィンナーは赤くないの?」と母に尋ねると、「ウィンナーはもともと赤くないのよ。赤いウィンナーは赤く色を塗っているの。赤いウィンナーを食べると、身体が赤くなっちゃうよ」と言われたのを記憶しています。ヒトの身体は食べた物でできている、と自然と思うようになり、食べ物と健康に興味を持ち、栄養研究の道に進みたいと思うようになりました。

 栄養研究を目指して入学した京都大学農学部では、癌細胞の多剤耐性に関する研究に携わりましたが、もっと誰にでも分かるような健康に繋がる研究がしたい、食品の中でも最も自然に近い製品を扱っている会社で研究がしたい、と思い、卒業後は、雪印乳業株式会社(現・雪印メグミルク株式会社)に入社しました。幸いにも、栄養研究グループに配属され、生活習慣病予防の研究に携わり、企業時代の経験は得も言われぬ貴重な体験となりました。一方で、30歳を目前とした時に、自分が30代に何に集中したいかを考え、アカデミアに戻ることを決め、断腸の思いで退職しました。何に集中したいか。それは、病気の成因を知りたい、ということでした。食品・栄養で生活習慣病の予防を、と思っていたものの、生活習慣病の成因について勉強不足であることを痛感したためです。私は修士号を有していなかったため、どうやってアカデミアに戻るかを考えた挙げ句、どんな形でも構わないと考え、求人情報を探索しました。偶然、東京医科歯科大学の小川佳宏先生(現・九州大学教授)の研究室で技術補佐員を募集しているのを見つけ、応募したところ、小川先生はすぐに面接をして下さり、その場で採用を決めて下さったので、私はすぐに研究室に参加しました。菅波孝祥先生(現・名古屋大学教授)の技術補佐員として働き始めましたが、小川先生が「博士号を取得した方がいい」と様々な方面から情報を収集して下さり、修士号のない私でも博士課程の受験資格が得られる制度を利用して、博士課程に進学しました。

 私が博士課程時代に取り組んだ研究は、「レプチンが腎障害に及ぼす影響」でした。いろいろな思い、特に、学会発表の際、テーマ種別で「その他」しか選択できないもどかしさは、ずっと付いて回りましたが、この研究で多くの経験ができました。良かったことも悪かったことも山のようにありますが、大きく2点、紹介したいと思います。

 1点目は、ネガティブデータがポジティブデータになる瞬間を実感できたことです。私の研究は、動物実験で得られた結果について培養実験で作用機序を明らかにする、というスタイルで進めていましたが、培養実験で結果が得られない日々が続きました。具体的には、レプチン欠損ob/obマウスで認められた尿細管間質障害軽減効果は、レプチンの皮下投与で消失するので、尿細管上皮細胞にレプチンを添加したら炎症性変化が起こるであろう、と予測していたところ、炎症性変化は起こりませんでした。自分の手技を疑い、実験条件を見直し、レプチン受容体過剰発現細胞を作成し、気づいたら1年が経っていましたが、結果が出ない。毎日毎日、朝から晩まで同じようなことをしているので、デジャブじゃないかと思った、と言われることもありました。最終的に、答えとしては、動物実験でのレプチンの作用は中枢神経系を介するものだったので、尿細管上皮細胞にレプチンを添加しても結果が出るはずがありません。しかし、この「末梢組織の炎症に対するレプチンの中枢作用」という真実を見いだしたことによって、ネガティブデータはポジティブデータとして使えることになりました。ネガティブにはネガティブの意味がある、そう思えた瞬間でした。

 2点目は、多くの研究者と交流できたことです。研究室では、レプチンの研究も腎臓の研究も、携わっているのは私1人だったので、小川先生、菅波先生の他に詳細に議論をできる人はいませんでした。ある意味、孤独な状況でしたが、学会の「その他」の枠には、様々な研究をされている先生方がいらっしゃり、発表の際には有意義なご意見を頂くこともでき、「レプチンと腎臓」の研究を通して、学内外で多くの先生方と意見交換できたことが、私の財産となっています。

 学位取得後は、今回の受賞内容である「肥満の脂肪組織炎症・線維化」の研究に取り組み、ごく一部分ではありますが、その病態生理的意義を明らかにできたと思っています。今後は、元々のバックグラウンドである栄養研究と肥満の脂肪組織炎症・線維化との関連にも着目しながら、1つでも新しい真実を明らかにし、ヒトの健康に寄与できる研究を進めていきたいと思っています。

 最後になりましたが、「死ぬほど頑張っても絶対死なへん」と叱咤激励頂いた小川先生、いつもきめ細やかな心遣いでサポートして下さる菅波先生、そして、これまで私を支えて下さった多くの先生方、仲間達に、心から感謝いたします。今後とも、ご指導、ご鞭撻の程、よろしくお願い申し上げます。


略歴

1997年3月   京都大学農学部農芸化学科卒業
1997年4月   雪印乳業株式会社
2003年12月 東京医科歯科大学 難治疾患研究所 分子代謝医学分野 技術補佐員
2004年4月 東京医科歯科大学 難治疾患研究所 分子代謝医学分野 専攻生
2005年4月 東京医科歯科大学大学院 医歯学総合研究科 博士課程(2009年3月修了)
2009年4月 東京医科歯科大学 難治疾患研究所 分子代謝医学分野 特任助教
2012年4月 東京医科歯科大学 分子内分泌代謝学分野 メディカルフェロー
2014年4月 東京医科歯科大学 分子内分泌代謝学分野 特任助教
2015年7月 名古屋大学 環境医学研究所 分子代謝医学分野 助教
2020年1月 名古屋大学 環境医学研究所 分子代謝医学分野 講師(現在に至る)


 

2018年度(平成30年度)日本内分泌学会研究奨励賞は 5名の先生方が受賞されました。
これまでのキャリアや若手の先生方へのメッセージをご寄稿下さいましたのでご紹介いたします。
皆様のロールモデルとしてぜひご参考になさってください!

今井 淳太(東北大学病院 糖尿病代謝科)
肝臓-膵β細胞間神経ネットワークによる膵β細胞制御機構の解明
 
岩佐 武(徳島大学病院地域産婦人科診療部)
生殖内分泌機構と栄養代謝・ストレス制御機構の相互制御機序の解明
 
岩部 美紀(東京大学大学院 医学系研究科 糖尿病・代謝内科)
健康長寿を目指した新規糖尿病治療薬創製に向けた構造機能解析
 
田村 好史(順天堂大学大学院 代謝内分泌内科学・スポートロジーセンター/順天堂大学国際教養学部 グローバルヘルスサービス領域)
日本人における糖・脂質代謝異常のメカニズムに関する研究
 
御簾 博文(金沢大学大学院医学系 内分泌・代謝内科学/日本科学技術振興機構さきがけ)
肥満・2 型糖尿病に関連したヘパトカインの同定とその機能解析

 


今井 淳太(東北大学病院 糖尿病代謝科)

  受賞タイトル:肝臓-膵β細胞間神経ネットワークによる膵β細胞制御機構の解明

 この度は、大変歴史のある日本内分泌学会研究奨励賞をいただきまして誠にありがとうございました。この受賞を励みとしてさらに内分泌学の発展に貢献するような研究を進めていきたいと考えています。また、これまでご指導をいただき、今回の受賞へと導いてくださいました内分泌学会の先生方、東北大学大学院医学系研究科の岡芳知名誉教授、片桐秀樹教授をはじめ、医局の先輩方、また、これまで共に研究を進めてきた先生方に改めて御礼申し上げます。

 私は2002年4月から東北大学大学院医学系研究科分子代謝病態学分野の教室で研究活動を開始しました。研修医時代、他の分野に進むか糖尿病代謝領域に進むか悩んでいましたが、ちょうどそのタイミングで岡芳知名誉教授が東北大学に赴任され、多くの先輩方からこれから大きく発展するだろう、というアドバイスをいただいたこともあり、岡先生の教室に一期生として参加させていただきました。当初は研究にそれほど強い興味があったわけではなかったのですが、基礎研究のことをまったくわかっていなかった私に、片桐秀樹先生が根気強く指導をしてくださいました。片桐先生のご指導によって、実験結果が何を示しているのかを真摯な目で見て考えることで、研究の道筋が見えてくることを実感し、科学の面白さに引き込まれていったことを覚えています。大学院においては、膵臓の発生において重要な転写因子であるPDX1の活性型変異体を肝臓に発現させることによってin vivoにおいて肝細胞でインスリンを産生させることに成功しました(BBRC  2005)。この研究を行う過程で、膵β細胞を増やす方法がいまだ存在しないこと、その方法を開発することが世界中で求められていることを強く認識しました。さらに大学院の後半には、交感神経刺激によって、アディポネクチンの脂肪組織における発現や血中濃度が減少することを明らかにしました(Obesity  2006)。この研究によって、自律神経系の全身の代謝調節における重要性を学ばせていただきました。

 研究の過程で、インスリン抵抗性の際に膵β細胞が増え、インスリンをたくさん出すようになるメカニズムはよくわかっていないのだ、という話を岡先生や片桐先生からうかがいました。血糖上昇がそれらのきっかけなのだろうと漠然と思っていた私は大変驚き、膵β細胞がどのようにして、全身のインスリン抵抗性状態を知るのか、ということに強い興味を覚えました。大学院時代の研究経験を踏まえ、インスリン抵抗性の際に自律神経系が膵β細胞増殖を制御している可能性を想起し、もしそうであれば、それを利用することで膵β細胞を増やす治療にもつながるかもしれないと考えました。研究を進めた結果、肥満などのインスリン抵抗性状態では、肝臓で感知された肥満シグナルが内臓神経求心路→中枢神経→迷走神経遠心路→膵β細胞という肝臓―膵β細胞間神経ネットワークを介して膵β細胞の増殖を起こすこと、この神経ネットワークの活性化が、膵β細胞量治療につながる可能性があることを示しました。(Science  2008)。さらにその後、肥満の際の膵β細胞からのインスリン分泌増加が血中IL-6の上昇によって惹起されることも明らかにしました(Diabetes  2011)。

 神経ネットワークについては、詳細な分子機序の解明研究を進め、迷走神経遠心路から分泌される複数の神経因子が協調的に膵β細胞に作用し、膵β細胞内のFoxM1経路を活性化させて増殖を引き起こすことを明らかにしました(Nature Communications  2017)。2008年の神経ネットワークの発見から9年の年月を要し、思うように研究が進展せずに苦しんだ時期もありましたが、この結果によって自ら明らかにした神経ネットワークのより詳細な分子メカニズムの一端を示すことができ、粘り強く研究を進めることの重要性を改めて認識しました。今後はこの神経ネットワークの求心路の解析や、迷走神経がどのように膵β細胞に選択的なシグナルを送っているのか、などを明らかにしていきたいと考えています。
これらの基礎研究は多くの糖尿病患者さんに共通する糖尿病病態の本質に迫りたいと考え進めているものですが、一方、臨床の現場にはいまだ治療法が確立されていない難治性の糖尿病の患者さんが存在します。そういった糖尿病に対するよい治療法がないか、という視点を持ちつつ日々の臨床活動を行っています。これまで難治性の糖尿病の一亜型B型インスリン抵抗症に対するヘリコバクターピロリ除菌の有用性を示唆する報告(Lancet  2009)、難治性の糖尿病一亜型である脂肪委縮性糖尿病のSGLT2阻害薬による治療成功(Annals of Internal Medicine  2017)などについて発表してきました。今後もこのような観点からの報告を行っていきたいと考えています。

 内分泌学領域の先生方におかれましては今後もご指導をいただく機会が多くあると存じます。引き続きのご指導、ご鞭撻の程、よろしくお願い申し上げます。

略歴

1999年 3 月  東北大学医学部卒業
1999年 4 月  いわき市立総合磐城共立病院共立病院内科
2002年 4 月  東北大学大学院医学系研究科分子代謝病態学分野入学
2006年 3 月  同修了
2006年 4 月  東北大学COEフェロー
2007年 1 月  東北大学病院糖尿病代謝科 助教
2010年 4 月  東北大学病院糖尿病代謝科 講師
2018年 4 月~ 東北大学大学院医学系研究科 糖尿病代謝内科学分野 准教授
        創生応用医学研究センター 代謝疾患医学コアセンタ― 副センター長
2018年10月~ AMED PRIME 適応・修復研究開発領域 研究開発代表(兼任)


 

岩佐 武(徳島大学地域産婦人科診療部 特任准教授)

  受賞タイトル:生殖内分泌機構と栄養代謝・ストレス制御機構の相互制御機序の解明

 私は大学卒業後2年目に大学院に進学したことをきっかけとして研究活動を開始しました。最初に与えられたテーマは、「栄養環境やストレスが生殖機能に及ぼす影響とその機序の解明」というもので、摂食やストレス反応にかかわる神経内分泌因子がGnRH分泌に及ぼす影響を解明することが具体的な目標でした。この研究では、ラットに対して脳室内留置針と頸静脈カテーテルを留置した後、6分ごとの採血を120分間繰り返すという実験が必要であり、多大な労力を要しました。また、留置針と投与針はいずれも自分達で作製しており、細かな調整に苦慮した記憶があります。このような苦労の甲斐あって、摂食促進物質のオレキシンがGnRH分泌を抑制する機序の一端を解明し、学位を取得することができました。今振り返れば、大学院時代に味わった苦労とそれをはるかに上回る達成感が、その後も研究を続けようというモチベーションにつながったのだと思います。また、先輩や後輩と試行錯誤しながら、時に深夜に及ぶまで研究を行ったことも今となっては良い思い出です。

 大学院修了後は一時的に市中病院で臨床中心の日々を送りましたが、研究を続けたいという気持ちが途切れることはありませんでした。そんな矢先、再び大学で勤務する機会に恵まれ、研究活動を再開することになりました。この時着目したのが、GnRHの制御因子として注目されていたキスペプチンとGnIHという二つの神経内分泌因子です。以前はGnRHが生殖内分泌機構の頂点に位置すると考えられてきましたが、2000年代初頭にこれらの因子が発見されてからは状況が一変し、キスペプチンとGnIHがGnRHをさらに上位から制御することが確実視されるようになっていました。そこで私は大学院時代の研究テーマを発展させ、「栄養代謝やストレスによる生殖機能の低下にキスペプチンとGnIHの作用変化が関与する」という仮説をたてて実験を行い、低栄養やストレスよってキスペプチンの作用が低下しGnIHの作用が増強すること、およびこれらの変化がGnRHの分泌低下にかかわることを明らかにしました。

 その後数年間は研究が順調にすすみある程度の業績が得られましたが、それと同時に自分の興味よりも結果がでそうな研究を優先的に選択しているのではないか?という疑問を抱くようにもなりました。そんな折、教室より海外留学の話をいただき、1年半をカリフォルニア大学バークレー校の神経心理学教室で過ごすことになりました。留学中は研究やカンファレンスを通して複数の研究者と交流しましたが、特に印象に残ったのが彼らの研究に対する姿勢や考え方です。スタッフから大学院生にいたるまでのほとんどの研究者が自分の興味に沿った研究テーマを設定し、それを実証するための明確なビジョンを持っていることに感銘を受けました。また、自信に満ちた様子で、自分の研究について生き生きと語る彼らの姿も印象的でした。様々な制約があるのはもちろんですが、本来研究は自由な発想に基づいて楽しみながら行うべきだということを再認識できた留学生活でした。

 帰国後はこれまでの研究を継続しつつ、自身の興味に沿った新たなテーマにも挑戦することにしました。これまでの実験を通して、卵巣を摘出した動物は手術ストレスからの回復が遅く、また、栄養代謝状態が悪化しやすいという印象を持っていました。この印象をもとに、「卵巣機能がストレス反応や栄養代謝に及ぼす影響とその機序」という研究テーマを設定し実験を行い、エストロゲンがストレス反応や栄養代謝状態の制御に重要な役割を果たしていること、およびアンドロゲン過剰が栄養代謝状態を悪化させることを明らかにしました。一連の結果から、生殖内分泌機構とストレス・栄養代謝制御機構の間には相互作用が存在し、これによって生体環境が適切に保たれていることが明らかとなりました。このような視点から病態をとらえることで、疾患に対する新たな対処法が確立されるのではないか?と期待しつつ現在も研究を続けています。

 研究を始めた当初、産婦人科の苛原教授より「研究には良い時期も悪い時期もあるけれど続けることが大事」との言葉をいただきました。それから15年以上が経過した現在も研究を続けられていることはとても幸せなことだと思います。また、今回の賞を含め、様々な形で学内外の方々から激励をいただけたことも、モチベーションを保てた要因の一つと考えております。思い返せば、大学卒業後にはじめて参加した全国学会が、横浜で開催された「第76回日本内分泌学会学術総会」でした。内容については半分も理解できない状態でしたが、これから研究を始める自分にとって壇上で自身の研究テーマを堂々と発表する研究者の姿はとてもかっこよく映りました。「自分もいつかはあのように研究成果を発表したい」と強く感じたことを今でも覚えています。現在の自分が当時思い描いていた研究者像に近づけているかどうかはわかりませんが、ほんのわずかでも若手研究者の皆様にとって励みとなる存在でありたいと思っています。

 末尾になりましたが、この度は研究奨励賞という栄誉ある賞をいただき、まことにありがとうございました。今後もご指導ご鞭撻のほどお願いいたします。

略歴

平成14年 5 月 徳島大学医学部附属病院医員(研修医)
平成19年 4 月 徳島赤十字病院産婦人科
平成20年 6 月 徳島大学病院医員
平成22年 4 月 徳島大学病院地域産婦人科診療部 特任助教
平成23年 6 月 カリフォルニア大学バークレー校 客員研究員
平成24年11月 徳島大学病院医員
平成25年 4 月 徳島大学病院地域産婦人科診療部 特任准教授
平成27年 8 月 徳島大学大学院医歯薬学研究部産科婦人科学分野助教
平成28年10月 徳島大学病院地域産婦人科診療部 特任准教授

 


 


岩部 美紀(東京大学大学院医学系研究科 糖尿病・代謝内科 特任准教授)

  受賞タイトル:健康長寿を目指した新規糖尿病治療薬創製に向けた構造機能解析

 東京大学大学院医学系研究科 糖尿病・代謝内科のメンバー。
2018年「夏の会」、屋形船にて、隅田川を航行中。
前列、中央(糖尿病・代謝内科教授 山内 敏正先生)の右隣(団扇を持っている)が筆者。

 

 この度、1981年に創設され、38年もの歴史がある日本内分泌学会研究奨励賞を頂けましたこと、大変光栄に存じます。本受賞は、これまで私を支え、導いて下さった全ての皆様のおかげであり、お力添え、そして、温かい励ましに心より感謝申し上げます。

 最近、ベテランの先生から、「先生は、ロールモデルなのだから、一層頑張りなさい。」と声をかけて下さることが非常に多くなりました。そして、若手の先生からは、「私も先生に続いて、賞が頂けるように頑張ります!」と張り切って宣言される心強い声も聞こえてきます。

 私は、高校生の頃、ヒトゲノムプロジェクトの壮大さと凄さに圧倒され、研究者を志しました。そして、生物の先生から、研究者の厳しさを教えて頂きましたが、私にとって、研究者は憧れの存在となり、研究者の道を進んできました。理学部生物学科、修士と進み、酵母における亜鉛の自然耐性機構の研究を行い、生物学、微生物学を広く学びました。その後、ヒトに近い研究に携わりたいと思い、医学部基礎医学教室に移り、細胞内カルシウムシグナルタンパク質を標的とする創薬基礎科学、シャペロンなど新規機能探索研究を行い、博士(医学)を取得し、生化学・分子生物学・細胞生物学を習得しました。分子から疾患へアプローチする研究スタイルでしたが、より治療に結びつく疾患研究を行いたいと考え、医学部臨床教室である東京大学大学院医学系研究科 門脇 孝先生主宰のラボにポスドクとして仲間に入れて頂き、15年になります。今回、受賞対象の「健康長寿を目指した新規糖尿病治療薬創製に向けた構造機能解析」研究は、長年にわたる門脇先生のご指導の賜物であり、研究生活を共に走って下さったことに、心より感謝申し上げます。

 さて、私は、日々、研究・教育に邁進する中、「実験のススメ運動」を展開していて、何かに一生懸命に取り組み、真剣に向き合っている若手をいつも応援するようにしています。授業の最後は、「困っていることや悩んでいることがあったら、何でも相談して。」と締めます。すると、学生の皆さんは、本当に自由に相談や質問を投げかけてくれます。「どの研究室に行くのが良いですか?」「研修は何年やるのが一番良いですか?」「どうやったら実験がうまくなりますか?」私は、決まって、彼女、彼らに最も適した答えを用意します。従って、同じ質問でも私の答えは全て違います。そして、出来るだけ強い言葉で、エールをおくります。
「絶対できる!頑張って!あなた自身がロールモデル!」
そうすると、決まって、目をキラキラさせて、「ありがとうございました!すっきりしました!」と輝いたオーラ全開で、軽快な足取りで帰っていきます。

 今、これを読んでいる若手の皆さん、実験の合間ですか?論文の文章がなかなか進まないですか?報告書を書いているでしょうか?メールに埋もれているでしょうか?そう、研究の世界でひたむきに頑張っているあなたは、既に立派なロールモデルです。この先、自分が思い描く未来像がない人は、その未来像をあなた自身が創れば良いのです。
そして、内分泌学会の先生は、頑張っている人には、必ず、間違いなく、温かい勇気の言葉をかけて下さいます。第一線でご活躍されている先生はどんな経験を積まれていることが多く、また、そこに何か共通点があるでしょうか。よく耳にするお話として捉えて頂けたらと思います。自分にとって良いお手本となりますか?それとも絶対に避けたい!?

  • 学生時代、授業にあまり真面目に出ていなかった。
  • 勉強や実験以外の「何か」に打ち込んでいた経験がある。
  • 研究者の道やテーマを選んだのは、強靱な精神によるものでなく、なりゆきや誰かのお誘いや命令(!?)の場合が多い。
  • 武勇伝が必ず存在する。
    例)3日間徹夜。人の3倍労働。何千枚のプレートをスクリーニング。
          何十リットルもの培養。コールドルームにほぼ住んでいた(内分泌学会の先生には特に多い)。
  • 一方で、本当に苦しい体験や経験に基づく発見については、いとも簡単にさらっとストーリー立ててお話される。
  • 必ず、運が良かったという。
  • エピソードの中に“人との出会い”が重要な位置づけとして登場する。
  • 実験の話をしているときの目がキラキラしている。
  • 頑張っている若手のことを必ず応援する。

 若手の先生は、是非、内分泌学会所属の先生にご自身の体験を伺ってみて下さい。きっと上記の事柄を語って頂けるはず。

 理想的なロールモデルが求められています。私は、一握りに当てはまるスーパーなロールモデルではなく、志があれば、誰もがなれるロールモデルの確立を若手の皆さんと共に目指し、そして全力で応援したいと思います。憧れの先生がいるなら、ロールモデルとして目指せばいいし、もし、自分の希望に合致するような先生がいなければ、自分自身がロールモデルとなれば良いのです。ほんの少しのきっかけで、文系に進んでいたかもしれません。折角縁あって、研究を志す立場に立っているのです。どんなに小さいことでも世界で一番、初めて知る喜びは他の何にも代え難く、研究者生活はとにかく魅力に溢れています。自分の発見が教科書にのるかもしれません。治療薬や治療法の開発によって、多くの患者さんを救うことができるかもしれません。

 内分泌学会の先生が輝いていれば、それは、憧れの存在となり、会員1万人達成は、すぐそこであることは間違いありません。

略歴

2004年 香川医科大学大学院医学系研究科博士課程修了(博士(医学))(現・香川大学)/2004年 独立行政法人国立健康・栄養研究所 特別研究員(門脇 孝 部長)/2005年 財団法人ヒューマンサイエンス振興財団 リサーチレジデント(門脇 孝 教授)/2006年 独立行政法人日本学術振興会 特別研究員(PD)(東京大学医学部附属病院 糖尿病・代謝内科)/2009年 東京大学医学部附属病院 糖尿病・代謝内科 特任研究員/2011年 東京大学大学院医学系研究科 特任助教/2016年 東京大学大学院医学系研究科 統合的分子代謝疾患科学講座 特任講師/2017年 東京大学大学院医学系研究科 先進代謝病態学講座 特任准教授(講座長)

主な受賞歴

日本内分泌学会研究奨励賞、日本内分泌学会若手研究奨励賞(YIA)、日本肥満学会学術奨励賞、The 9th Metabolic Syndrome, Type 2 Diabetes and Atherosclerosis Congress, poster award、The 71st American Diabetes Association Scientific Sessions, American Diabetes Association’s Young Investigator Travel Grant Award、日本糖尿病・肥満動物学会若手研究奨励賞、日本肥満学会若手研究奨励賞(YIA)、日本病態栄養学会研究奨励賞・会長賞、西田賞(最優秀論文賞)(香川医科大学)(現・香川大学)

 


田村 好史(順天堂大学大学院 代謝内分泌内科学・スポートロジーセンター/順天堂大学国際教養学部 グローバルヘルスサービス領域)

  受賞タイトル:日本人における糖・脂質代謝異常のメカニズムに関する研究

 この度、2018年度日本内分泌学会研究奨励賞を受賞させていただき、内分泌学会会員の皆様、研究をご指導いただきました先生方に厚く御礼申し上げます。光栄にも、若手の皆様へお役に立てるようなお話を、という依頼を学会より頂きましたため、ごく簡単ではございますが私の研究の出発点と現在などについて少しご紹介したいと思います。

 私は順天堂大学へ入学した当初より何かスポーツに関わる仕事をしていきたいと考えておりました。大学入学当初はおぼろげながらスポーツ医学を目指すにあたって整形外科や循環器内科といった進路を思い浮かべておりましたが、在学中に河盛隆造先生が順天堂大学に赴任され、代謝内分泌内科の初代教授に就任されました。その当時、河盛先生がどのような先生かは、「凄い先生らしい」という、学生の間で流れる噂以外は、失礼ながらほとんど知りませんでしたが、色々と教えを受ける中で、糖尿病での運動療法の重要性や代謝学の面白さを知るようになりました。そのため、内科研修の終了後に、代謝内分泌学を専攻させて頂き、糖尿病の運動療法に関する研究をスタートさせました。丁度この頃は研究の一手法としてproton MRSによる異所性脂肪測定が開発された時期で、この方法を使うと、ヒトにおいて生検なしに肝臓や骨格筋の細胞内脂質の測定することが出来るため、極めて画期的な方法として世界中から注目され始めていました。この手法を用いた論文を見つけた河盛先生が、「大至急、この方法を立ち上げてください」と言われたこと、それが研究のスタートになりました。論文を読み進めると、「これは!」、と思うような魅力的な内容でした。特に、運動の研究をするのであれば骨格筋の研究がメインワークになりますので、その測定が出来るとなればやらない訳はありません。すぐに放射線科の先生や技師の方、などに大学でも出来るか質問に行き、東芝のMRI部門の研究者の方をご紹介頂き、測定条件の設定から解析ソフトを新規開発する所まで何から何までお世話になりました。6月くらいから開発を始め、幸運なことに9月くらいにはまずまず測定できるようになりました。

 どの研究でもそうですが、「新しく何かの役に立つことであるか」、がまず求められますが、それと同時にそれが「ワクワクするようなものであるか」、ということがその後の発展に繋がるように思います。幸運なことに、私が最初に研究をやり始めた当初からずっとワクワクの連続でした。目の前で測定していることが、いずれも国内では初めてのことでしたし、出来ないことを出来るようにする、ということに大きな価値も感じていたのもその理由の一つだったと思います。とはいえ、研究でこんなにトントン拍子で進むことは本当に幸運の連続で、滅多にはありません。現在までいろいろな研究手法などにトライしましたが、間違いなく半数以上は頓挫しているように思います。この幸運が訪れたのも、まず、行動してみること、さらにいろいろな意味で支えてくれた上司や同僚がいたからこそ、と感じています。

 2000年より開始した異所性脂肪の研究ですが、現在中心に行っている研究の一つは「非肥満者におけるインスリン抵抗性のメカニズム解明」です。アジア人では非肥満の状態であっても代謝血管障害をきたし易いことが知られていますが、肥満した欧米人のメカニズムと同じものであるか、或いはアジア人特有の原因があるか、などまだまだ不明な点が沢山あります。特に、いつからどのようにインスリン抵抗性が始まるのか?、はほとんど明らかになっておらず、その部分に焦点を当てた研究を進めています。インスリン抵抗性は健常者の中にも目立たない形で潜在していて、一度そのような状態になると代謝状態の増悪へ向けたスイッチが入ってしまい、止めるのが難しくなるようなイメージを持っていますが、まだ妄想の段階で、それを検証するための研究を進めたいと考えています(Tamura Y. Endocr J, 2018, in press: PMID 30518722)。

 最後になりますが、ヒトの生理学的な研究にはかなりの労力が必要です。特にクランプ検査や筋生検、サンプルの解析をはじめとして、膨大な時間を要して研究にご協力いただきました先生方、さらに現在まで引き続きご指導頂いているスポートロジーセンターセンター長 河盛隆造先生、代謝内分泌内科学 綿田裕孝教授に、この場をお借りしてお礼申し上げます。

略歴

平成 9 年 3 月 順天堂大学医学部卒業
平成12年10月 カナダ・トロント大学生理学教室(研究生)
平成17年 3 月 順天堂大学大学院医学研究科 博士課程修了
平成18年 4 月 順天堂大学医学部内科学 代謝内分泌学講座 助手
平成19年 4 月 順天堂大学医学部内科学 代謝内分泌学講座 准教授
平成26年 4 月 スポートロジーセンター・委員長(併任)
平成28年 1 月 スポーツ庁 参与(併任)
平成29年 7 月 順天堂大学国際教養学部 グローバルヘルスサービス領域 教授(併任)

 


御簾 博文(金沢大学大学院医学系 内分泌・代謝内科学准教授/日本科学技術振興機構 さきがけ)

  受賞タイトル:肥満・2型糖尿病に関連したヘパトカインの同定とその機能解析

 

 まず初めに、第91回日本内分泌学会総会で研究奨励賞を受賞させていただき、学会員の先生方ならびにこれまで御指導いただいた先生方に心より深く御礼申し上げます。

 私は当初、研究をしたいという強い気持ちはなく、ただひたすらに良き臨床医になりたいと思って1998年に金沢大学旧第一内科に入局しました。しかし、市中病院で数えきれないほどの糖尿病患者さんの診療を行ううちに、基礎研究で新たな治療法を作らなければより多くの患者さんを幸せにできないと考えるようになりました。

 医師になって7年目の2004年、金沢大学に戻る機会をいただきました。このときに金子周一教授、篁 俊成准教授 (現内分泌代謝内科教授)から与えられた私の研究テーマは、未知の機能を持った肝臓由来のホルモン“ヘパトカイン”がきっとあるはずである、それをどうにかして見つけよというものでした。私はこの仮説に大きく共感し、それ以来寝ても覚めてもヘパトカインに思いを馳せる日々が現在まで続くことになりました。

 実際に2型糖尿病患者さんの肝生検サンプルを対象とした網羅的遺伝子発現解析をおこない、膨大な種類の分泌タンパクコード遺伝子群が発現していることを見つけました (Diabetologia 2007 268-277)。
次に、ヘパトカインを同定するために、糖尿病患者さんと正常耐糖能の方の二群比較をおこない、肝発現が有意に異なる遺伝子群を抽出しました。しかし、ヒト肝臓には合計で約37000種類の遺伝子が発現しており、抽出された分泌タンパクコード遺伝子は170種類に及びました。そこで、170種類の遺伝子の肝発現量と臨床パラメーターの間に有意な相関関係がないかを調べることを思いつきました。そのなかで、インスリン抵抗性指数と肝発現量が正相関した肝由来分泌タンパクがセレノプロテインP (SeP)でした。この段階で、金子周一教授の強いすすめのもと、金沢大学がん研究所高倉伸幸教授 (現大阪大学微生物研究所教授)の教室で、ヘパトカインの基礎研究をみっちりおこなうこととなりました。

 SePは微量元素セレンの輸送タンパクであり、標的臓器に抗酸化的に作用すると報告されていました。ここから当初、SePが糖代謝を改善すると想定して実験をおこないました。しかし予想に反して、精製SeP処置は肝細胞で糖放出を増加させ、インスリンシグナルを減弱させました。細胞の結果をまだ信じられなかった自分は、次にマウスに精製SePを投与することにしました。驚いたことに、SeP投与は正常マウスの負荷後血糖を200 mg/dl以上に上昇させました。マウスの血糖値を測定しながら、一緒に実験を手伝ってくれた長田直人先生 (現金沢大学細胞分子機能学講師)と一緒に歓声を上げました。それでも完全に信じられなかった自分は、逆に内因性のSeP発現を減少させる動物実験をすることにしました。その結果、siRNA急速静注によって肝臓でのSeP発現をノックダウンしてみると、糖尿病モデルマウスの負荷後高血糖が100 mg/dL以上有意に低下することがわかりました。当時、朝9時からマウスを絶食にし、日中に臨床業務をおこない、夜9時から3時間以上かけてマウス糖負荷試験をしていました。実験終了はいつも真夜中でしたが、そのとき、今まさにサイエンスの神様が天から降りてきて自分たちに真理を教えてくれているのではないかとすら感じていました。同時に、“ヘパトカインSePの肝での産生を低下させたら、糖尿病の新しい治療法ができるじゃないか!!”と思って毎晩ワクワクしながら実験をしていました。これらの結果によって、SePはインスリン抵抗性を誘導することで高血糖を惹起する“ヘパトカイン”であることを明らかにしました (Cell Metabolism 2010 483-495)。

 その後、教室員のみなさんや技術職員、実験助手の方の力をかしていただき、SePの骨格筋での受容体がLRP1であることをつきとめ、筋特異的LRP1欠損マウスを作成することで、過剰なヘパトカインSePが筋に作用すると運動をしてもその健康増進効果が減弱・消失する“運動抵抗性”という病態が生じることを見出しました (Nature Medicine 2017 508-516)。また、ヘパトカインSePが膵インスリン合成阻害、心筋虚血増悪、血管新生障害などの様々な病態を起こすことを明らかにしました (図、Nature Communications 2017 8 1658、Int J Mol Sci 2018 19(3) 878、Diabetologia 2014 57 1968-76など)。現在、ヘパトカインを標的とした糖尿病治療薬の開発に向けた研究に邁進しています。



  

 結局のところ、あの夜の動物舎でサイエンスの神様に出会えたその感動を忘れられず、その後も私は研究を続けています。あの後も、一年間に1-2回くらいはサイエンスの神様が笑顔をみせてくれたように思います。ひとりでも多くの若い先生方が、基礎研究の世界に飛び込んでサイエンスの神様に出会えるように願っています。
 

略歴

1998年金沢大学医学部を卒業し、金沢大学医学部旧第一内科入局。関連病院で研修の後、2004年から金沢大学代謝内科1医員。2007年金沢大学にて医学博士取得。2008年から地域連携腫瘍内科特任助教を経て2014年より内分泌代謝内科准教授、JSTさきがけを兼任。


主要受賞歴

日本内分泌学会研究奨励賞、分子糖尿病シンポジウムResearch Travel Grant、日本糖尿病・肥満動物学会若手研究奨励賞、日本酸化ストレス学会学術奨励賞、日本糖尿病合併症学会Young Investigator Award、DDW 2015 Best Presenter Award in International Session、金沢市医師会金沢医学館記念医学賞、日本糖尿病学会リリー賞

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