学会の発展の鍵は、『多様性(ダイバーシティー)』にあると言われます。性別、年齢、国籍だけでなく、専門(臨床、基礎研究、内科、外科、小児科…)、所属(大学、病院、企業、研究所・・・)、職種(医師、博士、医療専門職・・・)、研究対象(ヒト、動物、細胞、分子レベル・・・)など、多様性とは学問の質にも関わる重要な鍵です。
男女共同参画推進委員会(JES We Can: Japan Endocrine Society Women Endocrinologists Association)は、学会の多様性を目指す活動の一翼を担っています。その活動やロールモデルを紹介すべく、リレーメッセージを企画しました。ひとつひとつのメッセージから感じ取っていただくことがあると思います。是非、お読みください。
JES We Can リレーメッセージ No.10:
「世界をめざそう」 渡邊 奈津子 先生(伊藤病院 内科) (2026年4月)
JES We Can リレーメッセージ No.9:
「大切にしてきたこと」 湯野 暁子 先生(勤医協中央病院 糖尿病内分泌内科)(2026年2月)
「世界をめざそう」
伊藤病院 内科
渡邊 奈津子
はじめに
このたびリレーメッセージを担当させていただくこととなり、私に何が書けるのかと悩みましたが、これまで恩師の先生方と歩んだ内分泌学の道のりを、感謝の気持ちとともに振り返りたいと思います。
内分泌を学ぶきっかけ〜「世界をめざそう」・宮地幸隆先生〜
中学・高校時代は自由な校風のもと部活動に没頭していましたが、1991年に東邦大学医学部へ入学してからは、医師である両親への恩返しの思いもあり、与えられた環境で真摯に学業に取り組んでいました。そのような折、東邦大学第一内科の教授でいらした宮地幸隆先生より内分泌学にお誘いいただきました。
宮地幸隆先生はラジオイムノアッセイによるホルモン測定のパイオニアであり、内分泌学が大きく発展していく時代の中心に立たれていました。私が大学院に進学した1990年代はヒトゲノム計画によりゲノム研究が世界的な潮流となり2003年の計画完了と飛躍的な進展が続いていました。当時、内分泌グループの院生は、他大学のゲノム研究の教室に国内留学させていただいており、医学研究の大きなうねりを肌で感じる貴重な経験となりました。これが、後の遺伝医学への関心につながりました。
宮地幸隆先生は新たな遺伝子研究の手法に強い関心を寄せられ、DNAやRNAの抽出といった今思えば初歩的な実験にも感激され、遺伝子実験に携わる先生方を羨望の眼差しで見つめておられました。海外留学を推奨なさり、口ぐせだった「世界をめざそう」という言葉は、今でもしばしば思い出されます。私自身も先輩方に続きアメリカ国立衛生研究所への留学を夢見ていましたが、大学院修了間際に宮地幸隆先生がご逝去され、ご指導いただいた副腎癌の研究をまとめて大学院生活を終え、留学は断念することとなりました。

アメリカ国立衛生研究所をご訪問中の宮地幸隆先生(2000年)
学ぶよろこび〜「甲状腺愛」がすごい・坪井久美子先生〜
坪井久美子先生は、まさに「甲状腺愛」を体現される先生でした。東邦大学大森病院での診療において気になる症例があると、その都度医局員へ共有してくださり、難治性バセドウ病の患者さんの検査値が長年を経て基準範囲に改善した際には、「今日はとても良いことがあったのよ」と満面の笑みでお話しくださいました。日常診療はルーチン化しがちですが、患者様と同じ気持ちで一喜一憂される坪井久美子先生のお姿には、深い敬意を抱いていました。また、バセドウ病は良性疾患でありながら薬剤の副作用やクリーゼで重篤化しうることを憂慮なさりその管理について論文や甲状腺クリーゼの委員会を通してご教示いただきました。甲状腺超音波の診断付けを夜遅くまでご一緒したり、趣味のスノーボードで骨折なさった後であっても細胞診検査のために検査室へいらしたり、あらゆる面で甲状腺診療を守り抜く「母」のような存在でした。そして、海外学会では、トレードマークのベレー帽でご出席され、国内外の先生方と歓談されたり、パーティーで写真撮影を楽しまれたりと、「楽しみながら学ぶ」姿勢を示してくださいました。
大学院修了後、将来の方向性に悩んでいた私に、坪井久美子先生は2004年から甲状腺専門の伊藤病院への出向を勧めてくださいました。その後大学病院へ戻り甲状腺診療を担うようになりましたが、思い切って「再度、専門病院の環境で臨床研究を行いたい」と申し出たところ、快く背中を押してくださり、2010年に改めて伊藤病院へ入職いたしました。

坪井久美子先生と東邦大学大森病院内分泌グ―プの女性医師 第75回日本内分泌学会総会にて(2002年)
甲状腺学を極めて世界へ発信〜稀少疾患と伊藤病院のビッグデータ・吉村弘先生〜
伊藤病院には多数の症例が集積しており、吉村弘先生がデータベースの構築から管理まで一手に担っておられました。若手医師であっても研究計画さえ立てれば、対象症例を抽出し臨床上の課題を解析して答えを導きだせる恵まれた環境でした。吉村弘先生は、大規模症例による新規性の高い研究、統計学の理解、論文化を重視されており、指導は厳格でしたが、多くの研究テーマに「やってみて」と挑戦の機会を与えてくださいました。また、子どもの急な発熱による欠勤にも「しょうがないね」と温かく対応してくださり、臨床研究と子育てを両立し始めた私にとって大きな支えとなりました。気づけば私は二児の母となり、留学の夢は遠のきましたが、世界に誇るデータをもとに日本から世界へ発信し続けることで、留学に匹敵する成果が得られると考えるようになりました。
甲状腺リンパ腫は、私の研究テーマの一つで、伊藤病院で初めて取り取り組んだ課題でした。大学院でテーマとなった副腎癌と同様に稀少疾患で研究者も少なく、当初はインパクトに欠けるように思えましたが、多くの先生方のご指導のもと複数の論文が受理され、専門病院ならではの多数例の蓄積が大きな強みであることを実感しました。
甲状腺リンパ腫は、橋本病を背景に発症する稀な腫瘍で、他部位のリンパ腫と共通する遺伝的因子が認められないことが知られていました。遺伝学的因子の解明の必要性を感じつつも手立てがない中、ケンブリッジ大学のMing-Qing Du先生が「甲状腺リンパ腫における遺伝的因子の解明が必要」と記された論文を見つけ、「世界で思いがつながった」と感じました。この文章を自身の論文に引用したところ、論文公開後すぐに共同研究のご依頼をいただきました。2018年英国で開催された欧州甲状腺学会に合わせてケンブリッジ大学を訪問し、研究室でのディスカッションやケム川のほとりでの夕食を通じて交流を深めました。共同研究が発展し現在まで継続できたことは、「世界をめざそう」という宮地幸隆先生の言葉に、わずかながら応えることができたように感じています。

吉村弘先生と第15回国際甲状腺学会にて(2015年)
おわりに
私の内分泌学の歩みは行き当たりばったりではありましたが、「世界をめざそう」という宮地幸隆先生の言葉に常に導かれてきたように思います。素晴らしい先生方にご指導いただき、特に甲状腺学のレジェンドである坪井久美子先生、吉村弘先生に師事できたことは、この上ない幸運でした。恩師の先生方のように、研究も臨床も楽しみながら深めていく境地には遠く及びませんが、「世界をめざそう」という言葉を胸に、日本の内分泌学を世界へ発信していきたいと考えております。
最後になりますが、坪井久美子先生は、このJES We Can(男女共同参画推進委員会)のオブザーバーです。活躍する女性医師の先駆けとして、常に出産や育児など女性医師に特有の悩み事にお気遣いくださり、私達に寄り添い、力強く支えてくださいました。心より深く感謝申し上げます。
「大切にしてきたこと」
勤医協中央病院 糖尿病内分泌内科
湯野暁子
このリレーメッセージを担当されている諸先生方のお話や、JES100周年記念エッセイを拝読し、世界の内分泌学をリードされてきた偉大な先輩方の、医学研究者・臨床医としての熱意と努力に、あらためて深い尊敬の念を抱いています。
私は大学卒業後から現在に至るまで、一般病院で勤務してきました。2010年から1年間、国立病院機構京都医療センター臨床研究センターへ国内留学の機会を得ることができました。当時センター長であった島津 章先生(現・淡海医療センター顧問)へ研修を希望するお手紙を直接お送りし、お返事をいただくまで大変緊張して待っていたことを、今でもよく覚えています。

Journal Club 京都医療センター とにかく、たくさんの論文を読みました
「たった1年ですが、内分泌の臨床も研究もやりたい」という、今思えば無謀ともいえる私のお願いに対し、臼井 健先生(現・静岡社会健康医学大学院大学 研究科長・教授 / 静岡県立総合病院ゲノム医療センター長)が、辛抱強くご指導くださいました。北海道に戻ってからもご指導いただき、論文をまとめ、国際学会に参加する機会にも恵まれました。内分泌学を究めようとする若手医師たちと切磋琢磨できた経験は、今も大きな財産です。現在に至るまで、日常診療や学術面で助言をいただくことができ、私の内分泌科医としての基礎を築くことができた1年間でした。
当時、医療従事者である夫は休職し、7歳、5歳、3歳だった3人の子どもを連れて、家族で京都での1年間を過ごしました。私が卒業した頃は臨床研修制度が必修化される前で、出産・育児をしながら専門医取得の準備を始めることができました。夫の全面的なサポートと、周囲の理解と協力があったからこそ、自分のペースでキャリア形成ができたことに、深く感謝しています。


左:国際内分泌学会/米国内分泌学会会議(ICE/ENDO 2014)シカゴ ご指導いただいた先生方と
右:内分泌代謝UPDATE2011 札幌 切磋琢磨する仲間に出会えたことが財産です
医師になってから初めて全国学会に参加したのは、第82回日本内分泌学会学術総会(群馬大学、森 昌朋会長)で、医師8年目のことでした。仕事と子育てに追われ、静かな時間を確保できない時期が長く続いていた中で、見るもの、聞くものすべてが新鮮で、学ぶことの楽しさに心が躍ると同時に、自身の知識の不十分さを痛感した学会でもありました。もともと勉強することは好きで、子どもたちが小学校に上がってからは、机を並べて一緒に勉強する時間が増えていきました。
臨床医として私が大切にしていることは、「患者から学び、患者とともに、より良い医療を追求すること」です。得られた知識や技術、経験を、地域に必要とされる医療に生かすため、常に柔軟に自分の役割を考えるよう心がけてきました。現在は病院管理者としての役割も担い、病院経営をめぐる厳しさの中で、より良い医療を追求することの難しさを日々感じていますが、「誰のために、何のために」という軸を忘れず、学びと実践を続けていきたいと考えています。
先日、20歳になった大学生の長女から、「お母さんは、どんなふうに子育てをして、私たちをこんなふうに育てたの?」と突然尋ねられました。なんとも答えの難しい質問です。私は実母を早くに亡くしており、身近な母親像がありませんでした。医師になってから北海道へ来たため、頼れる人も少なく、慣れない土地での子育ては、育児書どおりにいかないことばかりでした。
どんなふうに、という明確な答えがあるわけでもなく、とにかく必死でした。研修時期と出産・育児の時期が重なり、5~6年間はまとまった睡眠をとれない日々が続き、ほとんど眠れないまま仕事に向かうこともしばしばありました。子どもが病気をすれば、夫と交代で仕事を調整し、まさに綱渡りの毎日で、心が折れそうになることも少なくありませんでした。反抗期には、ハラハラしたり、イライラしたりと、自分の感情のコントロールと忍耐力を、これでもかというほど試されました。帰宅が遅いため、朝のうちに弁当作りと夕食のおかずを用意してから出勤する生活を、我ながら長い間よく続けていると思います。
今、子どもたちが成長して振り返ると、思い出されるのは日常の何気ない可愛らしい姿や言葉ばかりで、幸せな時間と、思いがけないほど大きなご褒美をもらってきたのだと感じます。長男が生まれたばかりの頃、「この子の目には何が映っていて、何を考えているのだろう」「大切に育てたいけど、大切にするとはどういうことなのだろう」と頭でっかちに考えてばかりいました。真面目で成績優秀、負けず嫌いな医師が子育てをすると、「正解」を求めてしまうのかもしれません。思いどおりにならないことばかりの子育てを通して、「正解」はその子自身の中にしかないのだと考えるようになりました。彼らがどのような生き方を選択しても、常に愛情をもった応援団長でありたいと思っています。
子育て談義のようなリレーメッセージになってしまいましたが、医師として、そして母親として、心が折れながらもとにかく続けてきたことを、今は誇りに思っています。かけがえのない家族がいるからこそ、医師である私がいます。穏やかな日常に、心から感謝しています。

世界遺産平等院 宇治(2011)5人がそろって前を向いた写真って、とても少ない・・
これまでのJES We Canリレーメッセージ
JES We Can リレーメッセージ No.8:
「静岡での仕事とくらし」
静岡県立総合病院 糖尿病・内分泌代謝センター 小杉 理英子 先生(2025年10月)
JES We Can リレーメッセージ No.7:
「いくつになっても夢を持つ~内分泌代謝内科医として歩んだ 26年~
公立陶生病院 内分泌・代謝内科 赤羽 貴美子 先生(2025年6月)
JES We Can リレーメッセージ No.6:
「内分泌代謝内科医としての今までとこれから」
独立行政法人国立病院機構 四国こどもとおとなの医療センター 臨床研究部長 吉田 守美子 先生(2024年10月)
JES We Can リレーメッセージ No.5:
「自分自身であり続ける」
島根大学医学部内科学講座内科学第一(内分泌代謝内科)講師 守田 美和 先生(2024年2月)
JES We Can リレーメッセージ No.4:
「産婦人科医として考えること」
島根大学 医学部 産科婦人科 折出 亜希 先生(2023年5月)
JES We Can リレーメッセージ No.3:
「様々な多様性が活きる内分泌診療へ、そして医療者教育へ」
岡山大学学術研究院医歯薬学域(医)総合内科学
くらしき総合診療医学教育講座 岡山大学病院 内分泌センター 三好 智子 先生(2023年3月)
JES We Can リレーメッセージ No.2:
「小児内分泌科医の立場から
-日本小児内分泌学会 (JSPE)における 10年間の女性医師の動向調査についての報告」
医療法人むらしたこどもクリニック 理事長
日本小児内分泌学会 男女共同参画・ワークライフバランス委員 村下 眞理 先生(2022年8月)
JES We Can リレーメッセージ No.1:
「areから wereへ」
政策研究大学院大学名誉教授
跡見学園女子大学 心理学部臨床心理学科 特任教授 鈴木(堀田)眞理 先生(2022年7月)


