血液脳関門は「治す」時代へ:内分泌・代謝学が拓くBBB若返り戦略
血液脳関門(blood–brain barrier:BBB)は、脳を血中環境から隔離する構造として理解されてきました。しかし近年、BBBは単なるバリアではなく、栄養素、ホルモン、代謝シグナルを選択的に制御する高度に動的な調節系であることが明らかになってきています。BBB機能障害は、アルツハイマー病や脳卒中といった中枢神経疾患のみならず、糖尿病、肥満、加齢といった内分泌・代謝異常とも深く関連しています。
本総説では、BBBを「修復・再生・若返り(rejuvenation)」の対象とする新しい治療概念が体系的に整理されています。BBBは、脳微小血管内皮細胞、周皮細胞、アストロサイト、基底膜、グリコカリックスから構成される神経血管ユニットとして機能し、インスリン、レプチン、甲状腺ホルモン、グルコース、アミノ酸などの輸送を厳密に制御しています。糖尿病や肥満の病態では、高血糖、脂質異常、慢性炎症、酸化ストレスがBBBに持続的な負荷を与え、タイトジャンクションの破綻、ホルモン輸送障害、免疫細胞侵入など多様な機能異常を引き起こします。
重要なのは、これらのBBB障害が疾患の「結果」ではなく、病態を増幅させる上流因子として働く点です。加齢、代謝異常、高血圧、炎症といったリスク因子は多くの脳疾患に共通しており、BBB障害も疾患横断的に共有されます。そのため、BBB修復は特定の疾患に限定されない共通の治療基盤となり得る可能性があります。
著者らは、BBB修復戦略を二つの方向性に整理しています。一つは、Wnt/βカテニンやSonic hedgehogなどのBBB維持シグナルを標的とした直接的修復戦略です。もう一つは、炎症、酸化ストレス、代謝異常といったBBBに作用するストレス因子を軽減する間接的戦略です。後者には、抗炎症療法、抗酸化療法、食事・生活習慣介入に加え、FGF21やメトホルミンなど、内分泌・代謝領域で既に用いられている薬剤も含まれます。
本総説は、BBBを中枢神経疾患研究における「内分泌感受性臓器」として再定義し、内分泌・代謝異常の是正が脳機能維持に直結する可能性を示しています。中枢神経疾患と内分泌代謝疾患を分断せず、統合的に捉える視点は、今後の基礎研究、臨床研究、創薬戦略に重要な示唆を与えるものと考えられます。
【編集者のコメント】
本稿で取り上げた総説は、血液脳関門(blood–brain barrier:BBB)を「破綻する受動的バリア」ではなく、「修復・若返りが可能な治療標的」として再定義した点に新規性があります。BBB機能障害は神経変性疾患に限らず、糖尿病、肥満、加齢、慢性炎症などの内分泌・代謝異常とも密接に関与しており、本総説は中枢神経疾患と内分泌代謝疾患を統合的に理解するための新たな枠組みを提示しています。さらに、疾患横断的な視点、既存の内分泌治療(代謝改善、抗炎症、ホルモン制御)との接点、ならびに今後の創薬および臨床研究への波及効果という観点からも、JES会員の皆様にとって有益なトピックであると思います。
【文献】
Searson PC, Banks WA. “Strategies for blood–brain barrier rejuvenation and repair”
Nat Rev Drug Discov. 2026 Jan 28: Online ahead of print.
doi: 10.1038/s41573-025-01364-5.
花田礼子(大分大学 医学部 生理学講座)

