下垂体及びその近傍の疾患で、手術的治療法が必要になるものはどんな状態の時ですか
手術が必要となるのは、主に次の2つの場合です。一つ目は、病変が大きくなり、周囲の組織を圧迫している場合です。このような病変を「占拠性病変」といいます。主な症状として、視野異常などの視機能障害や下垂体機能低下がみられます。二つ目は、腫瘍が小さくても、過剰にホルモンを産生している場合です。機能性下垂体腺腫(下垂体腺腫は医学的には現在「下垂体神経内分泌腫瘍(PitNET)」と呼ばれます)では、過剰なホルモンの分泌を正常化することを目的として、腫瘍を外科的に切除することが第一選択肢となります。手術が必要かどうかを判断するためには、まず、その病気によってどのような症状が生じているかを確認し、MRIを中心とした画像検査によって病変の大きさや広がり、周囲の組織との関係を詳しく評価します。 さらに、病気の種類を正確に診断することも非常に重要です。すでに視機能障害をきたすほど大きな腫瘍であっても、必ずしも手術が第一選択となるわけではありません。たとえば、薬物療法によって腫瘍の急速な縮小が期待できるプロラクチノーマ(PRL産生PitNET)やリンパ球性下垂体炎などでは、薬物療法が治療の第一選択となります。 また、診断を確定するために組織を採取する「生検術」が必要となる場合を除き、頭蓋内悪性腫瘍の一つである胚細胞性腫瘍では、化学療法や放射線治療が治療の中心となるため、腫瘍を外科的に切除することが第一選択となることはありません。
手術的治療法にはどんなものがありますか
下垂体およびその近くにできる腫瘍に対する手術は、基本的に、頭蓋骨を開けて上方から腫瘍にアプローチする「開頭術」と、鼻から下方より腫瘍にアプローチする「経鼻手術(経蝶形骨洞手術)」の2つに大きく分けられます。現在では、下垂体およびその近傍に発生する多くの腫瘍に対しては、経鼻手術による切除が行われています。
経鼻手術の最大の利点は、開頭術と比べて、腫瘍に到達するまでに脳を大きく剥離したり、圧迫したりする必要がなく、脳への負担をできるだけ少なくして腫瘍に到達できることです。一方、従来の手術用顕微鏡を用いた経鼻手術では、手術中に観察できる範囲が限られるという欠点があり、高度な技術が必要とされてきました。しかし近年では、内視鏡を経鼻手術に導入することにより、より広角でパノラマのような手術視野を得ることが可能となりました。これにより、従来は観察することが難しかった場所まで確認しながら手術を行うことができるようになっています。従来、経鼻手術の主な対象は、トルコ鞍内に発生するPitNETでした。そのため、大きく頭蓋内に進展した腫瘍や、頭蓋咽頭腫、鞍結節髄膜腫などは、開頭術の適応と考えられていました。しかし近年では、鼻から頭蓋底をより広く開放して腫瘍に到達する「拡大経鼻手術」が発達し、従来は経鼻手術では治療が困難、あるいは適応外と考えられていたこれらの腫瘍に対しても、できるだけ低侵襲な経鼻手術による切除が行われるようになっています。このような経鼻手術の適応拡大には、内視鏡による手術視野の向上に加え、手術中に生じる髄液漏を確実に閉鎖する技術の進歩も大きく寄与しています。さらに、拡大経鼻手術だけでは十分かつ安全な切除が困難な巨大で浸潤性の高い下垂体腫瘍などに対しては、開頭術と経鼻手術を同時に行う「開頭・経鼻同時手術(combined approach)」も行われるようになっています。この方法では、腫瘍を上方と下方の両方向から同時に確認しながら手術を行うことで、それぞれのアプローチの長所を生かし、可能な限り一回の手術で、より安全に最大限の腫瘍切除を目指すことができます。
このように、現在の下垂体・頭蓋底外科では、腫瘍の種類、大きさ、進展方向、周囲の重要な神経や血管との関係などを詳細に検討し、経鼻手術、拡大経鼻手術、開頭術、あるいはそれらを組み合わせた手術の中から、患者さん一人ひとりに最も適した手術方法を選択します。
再手術療法の適応と問題点
機能性下垂体PitNETの手術後にホルモンの過剰分泌が正常化しなかった場合には、薬物療法や放射線療法が追加治療として行われます。一方、その他の腫瘍においても、残存腫瘍や再発のリスクなどに応じて、術後に放射線療法が行われることがあります。しかし、これらの治療を行っても過剰なホルモン分泌を十分にコントロールできない場合や、画像検査で腫瘍の明らかな残存・再発が認められた場合には、再手術が治療の選択肢となることがあります。ただし、再手術は一般に初回手術よりも難しくなります。その理由の一つとして、MRIなどの画像では腫瘍が一か所に見えていても、実際には初回手術によって腫瘍が分断され、複数の場所に残存している可能性があります。また、初回手術後の瘢痕形成や癒着、腫瘍組織の線維化などによって、正常組織と腫瘍との境界が分かりにくくなっていることもあります。このため、再手術では初回手術と比較して腫瘍の完全な切除が難しくなる場合が多く、合併症のリスクも高くなる可能性があります。したがって、再手術を行うかどうかは、腫瘍の種類、残存・再発した腫瘍の位置や広がり、ホルモン分泌の状態、これまでに行われた治療などを総合的に検討し、慎重に判断する必要があります。
再手術では初回手術以上に高度な判断と手術技術が求められるため、下垂体外科を専門とし、再手術についても十分な経験を有する外科医のもとで治療を受けることが非常に重要です。
手術や術後の合併症にはどんなものがありますか
手術や術後に起こり得る合併症の種類や頻度は、病気の種類や状態、腫瘍の大きさや広がり、選択した手術方法(アプローチ)などによって異なります。一般的なPitNETに対する手術は、現在では比較的安全性の高い手術と考えられており、手術に関連する死亡率は1%未満、主な合併症の頻度も5%以下と報告されています。一方、ホルモンをつくる下垂体の働き(下垂体前葉機能)は、視力ほど改善しないことが知られています。術前から下垂体機能が低下している患者さんでは、60~70%は術後も大きな改善はみられず、明らかな改善が得られるのは20%以下と報告されています。これに対して、頭蓋咽頭腫では、PitNETと同様に術後の視機能の改善は比較的良好ですが、腫瘍が下垂体や下垂体茎と密接に関係しているため、下垂体機能は術後に悪化することが少なくありません。また、ラトケ嚢胞などでは、嚢胞の内容物を排出する比較的侵襲の少ない手術であっても、術後に下垂体機能低下を生じることがあります。
経鼻手術における重要な合併症の一つが、術後の髄液漏です。髄液とは、脳や脊髄を保護している透明な液体のことです。手術後にこの髄液が鼻腔内へ漏れる状態を「術後髄液漏」といいます。特に、頭蓋底を広く開放する拡大経鼻手術では、手術中に髄液腔を開放することが通常であるため、手術終了時に頭蓋底を確実に再建し、術後の髄液漏を防ぐことが非常に重要です。また、経鼻手術では、鼻腔に関連する術後の症状や合併症として、鼻出血、鼻づまり(鼻閉感)、嗅覚障害、副鼻腔炎などが生じることもあります。
このように、下垂体およびその近傍の手術では、病気の種類や手術方法によって起こり得る合併症が異なります。そのため、患者さん一人ひとりの病状に応じて最も適した手術方法が選択されます。患者さんご自身も、手術の目的や方法、起こり得る合併症について十分な説明を受け、納得したうえで治療を受けることが大切です。

