下垂体癌とはどのような病気ですか?
脳下垂体の前葉にできる腫瘍の大半は、ゆっくりと増大し、手術、薬物療法、放射線治療などによって良好にコントロールできます。従来は「下垂体腺腫」と呼ばれてきましたが、2022年のWHO(世界保健機関)の分類では「下垂体神経内分泌腫瘍(pituitary neuroendocrine tumor:PitNET)」という名称が用いられるようになりました。ただし、「神経内分泌腫瘍」という名称になったからといって、腫瘍自体が変わったわけではありません。大多数はこれまでと同じく良性の経過をたどります。
一方で、ごく一部の下垂体腫瘍は、手術・薬物療法・放射線治療といった標準治療を適切に行っても、短期間に再発・増大を繰り返し、治療が難しい経過をたどることがあります。このような標準治療に抵抗する腫瘍を、ここでは「難治性下垂体腫瘍」と呼びます。さらにその一部には、下垂体周辺から離れた脳・脊髄、または肝臓、骨、リンパ節など他の臓器へ転移するものがあり、それを「下垂体癌」と呼んでいます。WHO分類では「転移性下垂体神経内分泌腫瘍」とも呼ばれています。重要な点は、周囲の組織へ入り込んでいるだけでは「下垂体癌」とは診断されず、元の腫瘍から離れた部位へ転移した場合に「下垂体癌」と診断されることです。
なお、他の臓器に発生した癌が下垂体へ転移する「転移性下垂体腫瘍」は、下垂体そのものから発生して転移する「下垂体癌(転移性下垂体神経内分泌腫瘍)」とは別の病気です。
この病気の患者さんはどのくらいいますか?
下垂体癌はきわめてまれな病気です。報告によって多少の違いがありますが、下垂体腫瘍全体の約0.1~0.2%程度と考えられています。また、下垂体癌には至らなくても、標準治療(手術・薬物療法・放射線治療)に抵抗して再発・増大を繰り返す難治性下垂体腫瘍が少数存在します。その頻度は定義によって異なり、正確な割合は明らかではありません。
日本国内で新たに下垂体癌と診断される患者さんの正確な年間人数は分かっていません。非常にまれな病気であるため、診断や治療では下垂体腫瘍を専門とする医療機関での検討が重要です。
この病気の原因は何ですか?
なぜ一部の下垂体腫瘍だけが下垂体癌となるのかは、今のところ十分には分かっていません。病理検査や遺伝子検査では、腫瘍が通常より進行しやすいことを示唆する特徴が見つかることがあります。しかし、それらの検査だけで、将来下垂体癌になるかどうかを正確に予測することはできません。
また、一部の下垂体腫瘍には遺伝性疾患との関連が知られていますが、一般的な下垂体腫瘍の患者さんが、家族へ下垂体癌を遺伝させるという意味ではありません。
この病気ではどのような症状が起こりますか?
症状自体は転移する前の下垂体腫瘍の段階から生じています。多くは1) 腫瘍が周囲の組織を圧迫・浸潤することによる脳神経症状や頭痛、2) ホルモン過剰症状、3) 下垂体機能低下症になります。下垂体癌となった場合には、さらに転移した部分の症状が加わる可能性があります。また、下垂体癌は治療抵抗性のため、症状は進行しやすく、腫瘍が分泌するホルモンも抑えにくくなっています。
どのように診断しますか?
診断には、MRIやCT、PETなどの画像検査を用いて転移の有無を調べます。例えば、下垂体周辺の腫瘍があまり増大していないにもかかわらず、腫瘍から分泌されるホルモンの値が上昇した場合には、他の部位に転移が生じている可能性があります。また、それまで有効であった治療が効かなくなったり、腫瘍の増大が速くなったりした場合には、腫瘍がより治療抵抗性・進行性になっていないかを再評価し、必要に応じて転移の有無も調べます。
手術時に採取した腫瘍の病理検査や遺伝子検査は、腫瘍の性質や進行しやすさを評価する参考になります。ただし、これらの検査だけで、下垂体癌であるか、あるいは将来下垂体癌になるかを正確に予測することはできません。
この病気にはどのような治療がありますか?
下垂体腫瘍に対する標準治療には、手術、薬物療法、放射線治療があります。ただ、下垂体癌となった時点では、これらの標準治療がすでに行われ、十分な効果が得られなかった場合も少なくありません。下垂体癌を完全に治癒させることは難しい場合が多いですが、腫瘍による神経の圧迫症状が強い場合には圧迫を解除するために手術を行ったり、放射線治療を追加できる場合には腫瘍の進行を抑えるために行ったりします。ホルモンを抑える薬物療法なども、効果がある場合には継続します。
下垂体癌や難治性下垂体腫瘍は非常にまれで、腫瘍の広がり、ホルモンの状態、これまでに受けた治療、転移の部位などによって治療方針が大きく異なります。そのため、脳神経外科医、内分泌内科医、病理医、放射線治療医、腫瘍内科医、放射線診断医などが連携する多職種専門チームによる診療体制のもとで、一人ひとりに適した治療方針を検討することが推奨されています。
以前は下垂体癌に対して有効な薬物療法がほとんどありませんでしたが、近年は抗癌剤のテモゾロミドが有効な場合があることが分かってきました。2025年に改訂された欧州内分泌学会のガイドラインでは、手術・薬物療法・放射線治療などの標準治療を行っても進行する難治性下垂体腫瘍や下垂体癌に対して、第一選択の化学療法としてテモゾロミドが推奨されています。大規模な国際調査では、約3割の患者さんで腫瘍の明らかな縮小が認められ、さらに約3割では腫瘍の増大が抑えられました。ただし、すべての患者さんに効果があるわけではありません。通常は3コース投与した時点で画像やホルモン値から効果を判定します。腫瘍が縮小したり、それまで急速に増大していた腫瘍の増大が止まったりした場合には、原則として12か月程度治療を継続し、その後は治療効果や副作用をみながら継続するかを判断します。ただし、途中から薬が効かなくなる場合もあります。
テモゾロミドは、日本では悪性神経膠腫に対して保険適用となっていましたが、これまで下垂体癌に対しては保険適用となっていないことが問題となっていました。しかし、2026年7月27日から、テモゾロミドが「下垂体癌」および「難治性下垂体腺腫」に対して健康保険の適用対象となりました。放射線治療を併用しない場合は、通常、4週間ごとに5日間内服します。副作用として、吐き気、食欲低下、だるさ、白血球や血小板の減少、肝機能障害などが起こることがあるため、定期的な血液検査を行いながら治療します。
テモゾロミドが無効となった場合には、腫瘍の遺伝子などを詳しく調べ、その結果によって免疫チェックポイント阻害薬などの治療を検討することがあります。ただし、これらの治療については下垂体癌での使用経験がまだ少なく、有効性は十分には確立していません。また、保険適用の可否は、使用する薬剤や腫瘍の遺伝子検査の結果などによって異なります。
この病気はどのような経過をたどりますか?
下垂体癌は重い病気ですが、その経過には大きな個人差があります。急速に進行する腫瘍もあれば、何年もかけてゆっくりと進行する場合もあります。しかし、腫瘍が進行すると、生命に関わることもあります。
以前は有効な薬物療法が乏しく、下垂体癌は非常に治療の難しい病気とされていました。現在も難治性であることに変わりはありませんが、テモゾロミドの導入によって長期間にわたり腫瘍を制御できる場合や、腫瘍が画像上消失する場合もあります。一方で、その後再発することもあるため、治療後も長期間の経過観察が必要です。
下垂体癌の経過は腫瘍そのものの性質だけでなく、治療への反応や診断・治療の時期によっても異なります。これまでの報告では、テモゾロミドが有効であった患者さんでは比較的長期間にわたり腫瘍を制御できることがあります。また、病状の変化や転移を早期に診断して治療につなげることや、転移巣に対する手術・放射線治療なども含めて全身を積極的に管理することは、より良い経過と関連する可能性があります。そのためにも、専門施設の多職種専門チームで継続して診療することが重要です。ただし、下垂体癌は非常にまれな病気であるため、これらの要因が予後をどの程度改善するかについては、まだ十分には分かっていません。
下垂体腫瘍と診断されました。下垂体癌になる恐れはありますか?
一般的な下垂体腫瘍が、将来下垂体癌になる可能性はきわめて低いです。下垂体癌は下垂体腫瘍全体の約0.1~0.2%程度にすぎません。下垂体癌の多くは最初から転移した状態で見つかるのではなく、下垂体腫瘍として長期間にわたって経過観察や治療を続ける中で、後になって転移が見つかり、下垂体癌と診断されます。なお、腫瘍が手術で取り切れなかったり、再発したりすることは下垂体腫瘍の経過ではしばしばありますので、それだけで下垂体癌になるわけではありません。
ただし、標準治療(手術・薬物療法・放射線治療)を行っても短期間に明らかな増大や再発を繰り返す難治性下垂体腫瘍では、その後、転移が見つかり下垂体癌と診断されることもあるため、通常より慎重な経過観察が必要となります。気になる点がある場合には、担当医から説明を受けてください。

